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【埼玉県】

里子と一緒に成長 吉見の新井夫妻

埼玉新聞 2017年11月9日(木)
里親としての経験を振り返る新井康夫さん(右)と妻の裕子さん=吉見町
里親としての経験を振り返る新井康夫さん(右)と妻の裕子さん=吉見町

 虐待や貧困などの理由で親と暮らせない子どもを施設ではなく、里親に委託するケースが増えている。県内では里親に委託された児童数が10年でほぼ倍増。背景には児童虐待の認知件数が増える一方、不妊治療に取り組んだものの子どもに恵まれず登録する人が増えているという。里親として里子を育てた吉見町の新井康夫さん(69)、裕子さん(64)夫妻は「子どものことを第一に考えて、お互いに成長できるように向き合えばいい」と話す。

 「子育てがしたかった」。新井さんは夫妻で約10年にわたり不妊治療に取り組んだ。働いていた裕子さんは有給休暇や夏休みなどをやりくりしながら病院に通った。しかし子どもに恵まれず、康夫さんは「これ以上苦しめたくなかった」と断念した。

 裕子さんが不妊治療で知り合った知人が里親になったことをきっかけに制度を知り、裕子さんは「自分の子にこだわらなくても子育てはできる」と登録。1年後に養護施設の4歳の男の子を紹介された。男の子の両親は離婚し、父親が引き取ったが、育てられずに施設に預けたという。

 一緒に生活が始まって半年が過ぎた頃、男の子は裕子さんに「僕は要らない子だったの?」と口にした。裕子さんは「要らないと思って赤ちゃんを産むお母さんはいないんだよ」と答えた。それからも「産んでくれたことだけはお母さんに感謝しなきゃ駄目だよ」と言い続けた。

 それでも男の子の行動に「自分は要らない子」という自暴自棄な部分が見え隠れすることがあった。だから「実母に会わせたかった」と裕子さんは言う。

 男の子が18歳になった頃に実母の住所を調べるため、一緒に戸籍を調べ、その後に対面を実現させた。「里親に満足していても、産んでくれた親はなぜ育ててくれなかったのかという疑問はずっと残ると思う」と裕子さん。

 4歳だった男の子は今、27歳になる。夫妻の元を巣立ち、裕子さんは「今度帰って来たら好きなものを食べさせてあげたいとか、いつまでも心配だし、いつも頭にある」。子育てに悩む時期もあったが「愛情に応えてくれるかは分からないけど、愛情を吸収して育ってくれる。子育てをして良かった」と話す。

 康夫さんは、子どもを通じてスポーツ少年団など地域との関わりができたことを感謝する。これから里親になる人に向けて「思い過ぎないことが大事。子どものことを認めて、お互いに成長できるように向き合えばいいのでは」とアドバイスした。