サービス取組み事例紹介
障害者福祉

神奈川県 社会福祉法人 杜の会

障碍者の働く場の可能性を広げた居酒屋 杜蔵

企業との連携や、ユニークな事業を取り上げ、他にはない先進的な事業を展開する事例を紹介します。

インタビュー風景(動画)




「食の生活館」


杜の会 師(もろ)理事長
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 社会福祉法人杜の会は、平成8年12月に設立され、高齢者・障碍者・児童を対象とした幅広い福祉事業を横浜市 栄区などで展開しています。
 SELP(セルプ)・杜は、社会福祉法人杜の会が運営を行う、知的障碍者 通所授産施設です。平成10年5月に横浜市 栄区で開設されました。
 SELP(セルプ)・杜では、“生命と結びつく事業”として“食”をテーマとした授産事業をメインに選択、開設以来ひとつひとつ事業内容を広げて、現在は“食”にかかわる事業11部門が立ち上がり、運営を行なっています。厳選した国産の材料のみを使って製造する食品は、パン、お菓子、ケーキ、豆腐、納豆、味噌、こんにゃく、うどん、ラーメン、餃子、弁当・・と非常に多岐にわたります。SELP(セルプ)・杜では、食品の製造事業を別名「食の生活館」としています。
 製造した食品を販売する店舗として、法人本部内に所在する「喫茶・杜」(販売は「杜のやきたてパン屋さん」、喫茶は「Wa.cafe杜」)やJR洋光台駅前の商店街に所在する「杜のパン屋さん」(パン販売店)、今回取材でお邪魔した「杜の台処/杜蔵」(うどん店/居酒屋)の運営を行っています。さらに“杜ちゃん号”と名付けた移動販売車や、リヤカーでのひき売りも積極的に行い、地域の人々との交流を深めています。

「杜の台処」店頭で販売している有機野菜
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 食品製造・販売のほかにも、食器や花器などを粘土で手作りする陶芸部門、1,500坪の土地で野菜の無農薬有機栽培を行う農芸食品部門があります。農芸食品部門で栽培・収穫した野菜はそのまま地域の人たちに販売するほか、施設が運営する食品製造・飲食店の食材として利用しています。また、陶芸部門で製作された食器類は、施設が運営する飲食店で使われており、優しく・暖かい店舗の雰囲気作りに一役買っています。
 
 事業全体での年間売上は、平成20年度はおよそ1億円。平成21年度は1億円突破を目指しています。90人もの利用者に平均3万円の給料を支払うためにはこのくらいの売上規模の事業が必要ということ。一朝一夕で作った売上ではありません。「ホンモノの食」を基盤に一つ一つの事業を軌道に乗せ、積み上げてきた成果なのです。


昼はうどん屋、夜は「みどり提灯」


緑提灯を提げて開店準備
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 今回ご紹介するのは、SELP(セルプ)・杜が運営する飲食店のひとつ、「杜の台処」です。JR大船駅笠間口から徒歩1分の繁華街にあります。施設二つ目の分場として平成13年9月に開設、午前11時から午後5時までうどん店として営業を行っています。麺部門の利用者が打つコシのある麺(うどん)と昆布とかつお節で毎朝作るつゆが自慢です。
 「杜の台処」は、夕方5時になると別の店に変身します。店頭の立て看板に緑色の提灯が提げられ、メニューも一変。居酒屋「杜蔵」の営業が始まります。居酒屋の営業は午後5時から10時まで。福祉的就労の現場でこの営業時間は驚きです。


落ち着いた内装で寛げる店内
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 定番のフードメニューは33種、ドリンク類は15種。施設内で作られた豆腐(冷や奴)や厚揚げ・がんも・刺し身こんにゃくが200円、豆腐サラダ、豆腐ステーキ、コロッケなどの揚げ物類が300円ととても安価。ドリンク類も400円が中心価格帯となっており、「1杯飲んで、おつまみ2、3品で1,000円」が実現するお店となっています。さらに、店でお出しするメニューの7割は国産材料を使用しています。お店で手作りされているため、安心して食事ができる点も大きなお薦めポイントです。また、居酒屋としては店内禁煙というのも珍しいところです。





笑顔で接客する利用者、吉濱さん
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 仕事帰りのサラリーマン、近所に住む人などが常連として来店するほか、近隣にある特例子会社の社員が歓送迎会や忘年会の会場として利用するなど、地域に根付いた居酒屋として営業を行っています。









「僕、やりたい!」


「杜蔵」で働く利用者、吉濱さん
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 うどん店の夜の部として「杜蔵」が営業を開始したのは、平成20年5月。店舗の家賃が高いので、回転率を上げるために夜も営業するかどうか検討したことが、「杜蔵」誕生のきっかけとなりました。
 検討段階では、現場の職員は実際のところ“引き気味”だったといいます。しかし、「杜蔵」開店を強力に後押ししたのは、「杜の台処」で働く利用者、吉濱さんの「僕、やりたいです!」の一言でした。
 吉濱さんは、以前中華料理店で働いていた経験があり、施設内でも高齢者のデイサービス用の給食作りに携わるなどの実績があり、料理をすることがとても好きだといいます。
 ELP・杜では、吉濱さんの思いを受け止め、障碍があっても夜間働くことのできる場所として、居酒屋の開店を決めたのです。

材料となる大根を選ぶ目は真剣
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 吉濱さんの働く時間は午後3時から9時まで。店に出ると、まずは職員と一緒に仕込みを行います。また、必要があれば食材の買出しに出掛けます。取材当日は、店から歩いて5分ほどの商店街にある八百屋、魚屋、食品スーパー(2店)を回り、野菜や果物を仕入れました。商品ごとに購入する店を使い分け、商品を選ぶ目はいたって真剣。商品に傷みがないか、新鮮かを見分け、とても慎重に買い物をしている姿が印象的でした。
 
 買い物から戻ると開店準備を始めます。「料理の素材の半分以上が国産」の目印となる緑提灯を店外に提げ、居酒屋メニューの掲示を行います。開店後は、接客・調理・洗い・会計を担当。職員の指示がなくてもほとんどのことを自発的に一人でこなしていきます。
 また、新メニューの開発の際も吉濱さんが提案し、職員と一緒に試作をするなど、仕事に関わる姿勢が以前にも増して積極的になったということです。


たくさんの笑顔


普通の居酒屋であることが大切と語る職員・田口さん
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 「お客様に『美味しい』と言ってもらえることが仕事をしていて何よりもうれしい、お客様が来てくれないことが何よりも悲しい」と吉濱さんは言います。
 「杜蔵」を担当する職員の田口さんに、店舗を運営していく上で大切にしていることについて質問したところ、「普通の居酒屋であることを目指している。料理をお出しするスピードや味、店の雰囲気や接客など、いろいろなところに気配りできるようになること」との回答がありました。
 杜蔵開店により、うどん店単独で行っていたときに比べ、来客数、売上ともに2倍以上になるなど、着実に成果を上げています。また、駅前を通る多くのサラリーマンに、帰宅途中、営業中の店を見てもらえることは、数字以外の成果にもつながるのでは、と感じます。「いつも灯りがついているちょっと小さな居酒屋に仕事帰りのお父さんが寄ってみたら・・・」。昼間の営業だけでは作りにくい地域との新たな関係づくりに杜蔵が一役買っていることは間違いありません。地域で、普通に店を経営することで交流の幅が広がる、一歩踏み込んでやるからこそ見えてくることがあると思うのです。愛される居酒屋ができれば、たくさんのお客様を笑顔にすることができ、吉濱さんのいつも笑顔でいられますね。

利用者作の書が店内を飾る
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 ライフスタイルの多様化に言及するまでもなく、世の中は365日昼も夜もなく動いています。流通業、サービス業ではシフト勤務があたり前。そんな中、障碍者が働くのは平日の昼間が一般的と思われていること自体、働き方を制約し高工賃の実現を難しくする要因のひとつになってしまっているのかもしれません。福祉的就労の場でも、土日営業は少しずつ増えていますが、夜の営業、アルコールを提供する店、そこで利用者が調理や接客をする場面はあまりみかけません。SELP(セルプ)・杜が、障碍者の働く場所として居酒屋を選択し開店させたことは、障碍者の働く場・働く時間の可能性を広げた点で有意義なチャレンジといえるでしょう。「朝が苦手、でもしっかり働きたい」。そんな利用者の希望にも応えられる新たな職場づくりにエールを送りたいと思います。


取材日 : 平成21年3月

今回のポイント


@ “夜の営業”、“お酒を出す”ことが必然の居酒屋の運営に果敢にチャレンジし、障碍者の働く場の可能性を広げた。
A 利用者のニーズをくみ取り、利用者自身の能力を最大限に活かすことのできる場を提供したことで、利用者がやりがいを感じ、働くことに対する自覚と能力を高めた。
B 店舗を夜と昼の両方の時間帯で営業することにより、売上が倍増し、固定費(店舗賃料)の効率的な利用が可能となった。


経営コンサルタント・中小企業診断士 大江 栄

施設概要


施設名 SELP・杜 (杜蔵)
設置者名 社会福祉法人 杜の会
所在地 (法人本部)
横浜市 栄区中野町400-2
(杜蔵)
横浜市 栄区笠間町1-1-106-B
電話番号 (法人本部)045-897-2020
(杜蔵)   045-895-3700
代表者 理事長 師 康晴 氏
施設種類 知的障碍者 通所授産施設
障害種別 知的
開所時期 平成10年
利用者数 90名
職員数 55名
(常勤25名、常勤以外30名)
FAX (法人本部)045-896-0713
連絡担当者 加藤 清子 氏
事業内容 食品製造販売、陶芸、農業、飲食店運営
平均工賃 平均約30,000円