サービス取組み事例紹介
障害者福祉

宮崎県 社会福祉法人 いつか会

計画的な事業切り替えで工賃アップを進める社会福祉法人いつか会

事業を活性化し、工賃を伸ばしている事例を紹介します。

インタビュー風景(動画)




地域の憩いの場ピザハウス「アン・ジュール」


木を基調とした明るい店内
木を基調とした明るい店内

「利用者の工賃を2倍(3万円)に上げることを目指して、ワンコインランチのお店を思い切ってやめます!」
 宮崎県内で行なわれた工賃向上研修の最終日。他の受講者を前にそう宣言した時、会場は大きくどよめいたといいます。なぜなら、他の施設からみれば、羨ましいくらい繁盛しているお店だったからです。
 それから1年。レストラン「アン・ジュール」は宣言どおり業態転換し、ピザのお店に生まれ変わりました。宮崎市の中心街ということもあり、ランチタイムには企業や事務所に勤務するOLやサラリーマンで、午後からは買い物帰りの地域のかたでいつも賑わっています。



トッピングに工夫を凝らしたピザ
トッピングに工夫を凝らしたピザ

 50席ほどの木を基調とした明るい店内は、椅子席とともに座敷の席も用意され、子供連れのお客様でも安心できる幅広い年齢層のお客様に居心地の良い空間です。メニューは「アン・ジュール」オリジナルピザを中心として、現在6種類(各600円)を取り扱っています。宮崎名産の鶏肉を使った「照り焼きチキンピザ」や、チキン南蛮をイメージした「アンジュールピザ」、同法人が運営するみそ工房の自家製味噌を使ったなす田楽ふうの「杜の和風ピザ」など、他にはない地域性・独自性を活かしたメニューにこだわっています。法人本部に併設する施設で焼かれたケーキもお客様に喜ばれています。




利用者中心の運営をする為の工夫


手際よくピザの準備をする利用者
手際よくピザの準備をする利用者

 アン・ジュールで働く利用者は現在10名です。接客業務や調理は利用者が中心となって行なえるように、独自の工夫がなされています。
 ・ 接客担当・・・来店したお客様を席にご案内します。注文をとる際は、お客様に呼んでいただき注文をとるのではなく、テーブルに置かれた伝票にオーダーを記入していただきます。それを接客担当の利用者が厨房に運びます。
 ・ 厨房担当・・・オーダーを受けた厨房内ではピザの準備が始まります。具材やチーズは利用者があらかじめ計量して小分けにしているので、手際よく調理することができます。全盲の利用者は音の出る秤(はかり)でチーズを計量して、ピザソース塗りやトッピングは別の利用者が分担するなど、連携を取り合いながら分業をしています。ピザの味を左右する焼き上げ担当は、精神障害の利用者だったかたがパートとして担当しています。


利用者が間違えずに配ぜんできる仕組み
利用者が間違えずに配ぜんできる仕組み

 このように業務を細分化・簡素化することで利用者を中心とした業務を行なうことができるのです。職員も非常勤を含めて3名がいますが、お店運営の中心はあくまでも利用者なのです。









ワンコインランチの店として繁盛していたアン・ジュール


 今はピザハウスとなっている「アン・ジュールは」、平成21年3月まではワンコイン(500円)で食べられるランチの行列ができるレストランとして運営していました。宮崎市内の中心部のランチ平均相場が550円〜600円だった平成12年12月に、エビフライや豆腐ハンバーグなど7種類のランチセットがワンコインで食べられるお店として開業しました。以前、地元の金融機関に勤務していた武田理事長は、サラリーマンの経済的負担を軽減できるランチが提供できれば、きっとお客様に喜ばれるだろうという思いがあったからです。
 価格の手ごろさと、家庭料理の温かさ、必ず出来たてを提供する誠実さが評判となり、60席のお店に毎日100人近いお客様が来店していました。定食のお店にもかかわらず毎日30名ほどの予約まで入り、お客様が集中する正午過ぎには、店にはいれずにお帰りになるお客様にコーヒーサービス券を配って再度来店をお願いするほどの盛況でした。
 通常の飲食店では原価率30%のところ、アン・ジュールでは原価率を60%に設定していたので、単に安いというだけでなく、価格以上の価値をお客様も感じ取っていたのでしょう。1日の売上は多いときで5万円になることもあり、当時8名いた利用者の工賃も月1万円にまで向上し、はた目には順調に計画が進んでいるように見えていました。  しかし、法人の武田理事長、施設を切り盛りする武田施設長の二人はある不安を持っていました。「このやり方は、利用者の工賃向上を目指す本来の仕事のやり方なのだろうかー」
 お客様の多くは限られたお昼休みを利用して来店されるため、どうしても時間勝負になります。いくら準備をしていたとしても7種類ある定食の調理を短時間でこなすには職員に頼るしかなく、利用者は配ぜんをする以外は仕事に携われない状況でした。障害者の自立支援のあるべき姿とは、職員が利用者をしっかりと支援することなのに、このままの運営方法では利用者のレベルアップには全くつながっていきません。
 また、客単価は500円ですから、ランチタイムの3時間に稼げる売上高にもおのずと限界があります。原価高騰による粗利益率の低下もあり、利用者の工賃向上にも限界があると感じていました。


事業計画づくりが事業転換のきっかけに


そば店から切り替えたおにぎりのお店
そば店から切り替えたおにぎりのお店

 施設運営のあり方に不安を持っていた武田施設長が、宮崎県主催の工賃向上研修に参加したのは平成20年の夏のことでした。その時の講師の「工賃向上は障害者の自立のため」という言葉に、施設の使命を改めて感じたといいます。研修では、経営に関する部分を徹底的に数字で表すことによって客観的かつ論理的に改めて施設の現状を把握することができました。そこから今後の戦略を考えていったため、経営の問題点も浮き彫りになりました。
 「利用者のために工賃向上を目指そう! そのために事業を見直そう」
 迷いが吹っ切れた武田施設長は、工賃をこれ以上伸ばすことが難しいワンコインランチのお店を改めて、利用者が主体的に仕込みと調理に関与でき、原価率も現在よりも抑えることができるピザ販売に切り替えることにしたのです。事業切り替えに伴う施設改修費は、助成事業に積極的に応募して獲得することができ、平成21年4月にピザハウス「アン・ジュール」がオープンしました。
 業種転換から5ヶ月経過し、まだお客様への認知が進んでいないこともあり1日の来店客数は40人程度となっていますが、粗利益率は20年度の31%だったところ50%と大幅に改善しています。ワンコインランチの時には事前の仕込みのために、日によっては廃棄も多かったのですが、ほとんど無くなったことも大きな収穫でした。また、客層もこれまでのサラリーマンやOL中心から、家族連れや若いかたへと広がりつつあり、手ごたえを感じています。


オリジナルの蒸しおにぎり
オリジナルの蒸しおにぎり

 同法人では、「アン・ジュール」から程近い宮崎の目抜き通りに、そば店「有一天(よういてぃぇん)」も運営していましたが、蕎麦打ちとゆで上げは職人が行い、利用者は配ぜんするだけでした。そこで、こちらも21年6月におこわを使った蒸し おにぎりの店に切り替えました。味付けしたおこわをアルミ箔に包んで蒸すため、アルミ箔を切る、おこわを包む、蒸すという店舗運営の 中心的な作業に利用者がそれぞれかかわることができるようになりました。
 事業転換によって、配達やイベント販売という予想外の販売先も増えてきました。ピザはお客様からの配達の要望に応じたことをきっかけに、有料箱(100円)に入れた持ち帰りや配達対応も検討しています。蒸し おにぎり販売では、8月に行われたイベントで、2日で500個も売り上げた実績からより自信と確信をもち、店舗での「待ち」の商売から、お客様が集まる場所への「攻め」の商売にも視野が広がっています。


数値データをベースに考える経営感覚を大切に


事業転換を進める武田理事長と武田施設長
事業転換を進める武田理事長と武田施設長

 宮崎県の工賃アップ研修参加後、法人では経営理念となる「いつか会の理念」を作りました。「障害者を支援するという共通認識はありましたが、理念として明文化されたものがなかったのです。何のために働いているのか、利用者のために何ができるのかを職員全員で一緒に考えました。理念を固めるには数ヶ月かかりましたが、利用者のための施設であるという共通意識を強く持つことができました」と武田施設長は言います。





元気に働く利用者
元気に働く利用者

 元信金勤務の武田理事長は、一般企業並の経営感覚を福祉サービス事業所も持つべきだといいます。それには顧客視点での価値ある商品・サービスの提供が求められます。いつか会では新しい事業に取り組むたびに、その道のプロの力を借りてきました。
 「施設の状況を冷静に数値で把握して、利用者の真の自立支援という視点で事業を転換する、その後はプロの力を借りて着実に実行し、現場でお客様の声を聞いて軌道修正をしていくというステップは、どんな事業所でもできるはず」と武田理事長・施設長のお二人は力を込めて語ってくれました。
 また、「工賃アップへの取り組みはまだ挑戦中です」と笑顔で宣言してくれました。しかし、その着実な取り組みは、いつか会の名前に“いつかきっと希望をかなえる”という意味が込められているように、必ず実現するに違いありません。


取材日 : 平成21年9月

今回のポイント


@ 工賃計画研修に参加したことを契機に、綿密な計画策定と着実に実行をして、工賃アップ実現を図っている。
A 利用者が自立支援できるための工賃向上には売上高と利益率向上が必須という視点にフォーカスし、思い切った事業転換を進めている。
B 事業の選択と展開にはお客様視点を取り入れ、プロの力を借りて付加価値の高い商品・サービスの提供を心がけている。


中小企業診断士 有村 知里

施設概要


施設名 障害福祉サービス事業所いつかの杜
設置者名 社会福祉法人 いつか会
所在地 宮崎市大字本郷北方2714−5
電話番号 0985-64-2350
代表者 武田 英郎 氏
施設種別 就労継続B型、就労移行、生活訓練
障害種別 身体、知的、精神
開所時期 平成15年4月
利用者数 50名
職員数 常勤16名、常勤以外10名
FAX 0985-64-2351
連絡担当者 武田 順子 氏
事業内容 ピザ店、おにぎり店、みそ工房、 機織り、鍼灸院
平均工賃 15,000円