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医療介護のリスク・マネジメント


 全12回に渡って、医療・介護の現場におけるリスクマネジメントについてお届けします。


<執筆>
弁護士・東京大学特任教授 児玉 安司


第1回:医療介護のリスクとは


リスク・マネジメントの導入

 医療介護の世界において、リスク・マネジメントが広く知られ、また実践されるようになったが、重大な医療事件が相次いで報道され、厳しい「医療不信」の世論と医事紛争の急増にわが国の医療界が直面することになったのは、1999年のことだった。同じ年、アメリカ学術会議は、”To Err is human“(人は誰でも間違える)と題する著名な報告書を発表し、年間数万人にのぼる患者が医療現場のエラーによって死亡しているとして注目を浴びた。医療の質と安全に関する懸念が、世界的な潮流となっていたのがこのころである。
 介護福祉の世界では、2000年の介護保険導入を前にして「措置から契約へ」と社会福祉基礎構造改革が大きく前進しようとしていた。その一方で、契約締結、サービスの「質と安全」の管理、苦情対応など、企業体としてサービス提供をしていくうえで必須のプロセスについての模索が続いており、全国社会福祉法人経営者協議会等においても、医療界の困難を目の当たりにしながら、福祉サービスのリスク・マネジメントにどのように取り組んでいくかの検討がスタートしていた。
 そして今、われわれは、医療不信の嵐が吹き荒れた1990年代末と団塊の世代が後期高齢者となり日本の医療介護への負担がピークに向かう2025年との間の中間地点に立っている。地域包括ケアと医介連携にどのような未来を作り出すかを構想することが、待ったなしになっているのが昨今の状況である。
 医療介護の「質と安全」への期待や要望が高まる一方で、現場の負担感が増大しており、どのようなマネジメントを行うかが問われている。とりわけ、「質と安全」の裏側にいつも存在している「リスク」を認識・把握し管理するという「リスク・マネジメント」の取り組みを、新しい時代の要請にあわせて発展させていくことが喫緊の課題となっている。

「結果のリスク」と医療介護の質の評価


【アウトカム/プロセス/ストラクチャー】

 医療介護の質は、アウトカム(成果)/プロセス(過程)/ストラクチャー(構造)の三面にわたって評価されるとするのが一般的である。医療チームの設定する目標の達成度がアウトカム(成果)の指標とされ、死亡率や患者満足度の数値がその指標の例として広告規制の議論のなかでも言及されている。
 もちろん、高次の救命救急医療を担う医療機関では、医療の質とは無関係にみかけ上の死亡率が高まることも知られており、およそハイリスクの患者群の診療に携わる医療機関をアウトカム(成果)の観点からきちんと評価するためには、死亡率についても受診する患者集団のリスクを考慮にいれた補正が不可欠であり、それなくしては、フェアなアウトカム(成果)の評価とは言い難い。


【人口動態統計から推測される「結果のリスク」】

 ここで注目しておかなければならないのは、医療というサービスには他の産業―製造業やサービス業―とは比較にならないほど、人の生命健康に関わる重大な「結果のリスク」が常在しているということである。
 人口動態統計で死亡の場所別にみた死亡数・構成割合の年次推移が発表されている。昭和30(1955)年の年間死亡者総数は69万3523人であり、そのうち病院での死亡者数は8万5086人(12・3%)、診療所では2万1646人(3・1%)にとどまる一方、自宅での死亡者数は53万3098人(76・9%)であった。それが、平成22(2010)年は、死亡者総数119万7012人のうち、病院での死亡者数は93万1905人(77・9%)、診療所で2万8869人(2・4%)、介護老人保健施設で1万5651人(1・3%)、老人ホームで4万2099人(3・5%)、自宅で15万783人(12・6%)となっている。
 1955年と2010年を比較すると、さまざまなことが想定できる。
・死亡総数が急速に増加してきており、団塊の世代という人口ピークの影響で、今後ますます年間死亡者数が増加していくことが予想される。
・自宅での死亡数が激減し、自宅で人の死を看取り受容する経験がかつてよりはるかに乏しくなっている。
・医療機関の治療を受けながら死亡していく者が8割を超えており、終末期医療の議論が未成熟ななかで、急性期医療機関における延命治療が死亡に至る経過の大多数を占めている。
・介護老人保健施設や老人ホームでの死亡が人口動態統計に表れてくるのは1990年以降の新しい事象で、今後も増加していくことが予想される。
 かつて若い国だった日本では、自宅での看取りが多く、病院での死亡退院が少なく、医療で元気になって退院する人が多かった。自宅での看取りの経験が薄くなった後の超高齢化社会日本では、元気になって退院することが減少し、病院から慢性期病院や老健・老人ホーム、さらには在宅への移行が課題となり、医療機関や施設での死亡総数は増大していく。
 医療サービスの対象者について「死亡率」は増大し、介護や看取りの困難のなかで「患者満足度」も伸び悩むことが想像に難くない(一時的なゆらぎかどうか慎重な観察が必要であるが、2008年と2011年の厚生労働省の受療行動調査によれば、かつての医療不信の嵐のなかでさえ順調に伸びてきた患者満足度が、医療機関の規模によらず入院外来ともに低下し始めている※1)。
 医療介護の「結果のリスク」は今後増大し続けると予想される。

※1 平成23年受療行動調査(確定数)の概況(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jyuryo/11/dl/kakutei-gaikyo-all.pdf

評価とコミュニケーション

 アウトカム(成果)、プロセス(過程)、ストラクチャー(構造)について、医療機能評価など個々の医療機関の評価指標が安定的・継続的に運用されているものもある。ただ、その比重は人的物的組織の整備状況を把握するストラクチャー(構造)の評価が中心であり、プロセス(過程)についてはパスや手順書や規定などの整備状況の把握に留まり、アウトカム(成果)の評価指標の設定やデータの収集は、まだまだ緒についたばかりというべきである。
 さらに、個別の症例・事例について、死亡や障害を残したかどうかなどの結果そのものではなく、経過を通じて医療介護のサービスが適切に行われたかどうか、プロセス(過程)やアウトカム(成果)を評価する、例えば医療事故調査についても評価手法はなお発展途上にある。
 各国では、すでに死亡症例に関するカルテのサンプリング調査等が行われている。適切な医療が行われていたら死亡の結果が避けられた症例等を有害事象として、その発生率を調査するものであるが、表のとおり、その結果の数値は先進国においても大きな揺らぎがある。


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 個々の医療介護サービスに適切な評価を行い、それを患者やサービス利用者、その家族とのコミュニケーションに生かしていかなければ、結果そのものが芳しくないときの満足度を安定させることはできない。さらに、医療介護が直面するさまざまな困難について、個別の患者・利用者・家族とのコミュニケーションを超えて、地域や社会全体での情報共有とコミュニケーションを深化させていく必要があるだろう。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成26年4月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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