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医療介護のリスク・マネジメント


 全12回に渡って、医療・介護の現場におけるリスクマネジメントについてお届けします。


<執筆>
弁護士・東京大学特任教授 児玉 安司


第12回:未来の法制度の整備のために


歴史の中の法制度


 法は英語でLawという。ニュートンの法則もNewton's Lawという。神様の意思である自然法則と、政府の定める「法」が別物としてきちんと区別されるようになったのは、思いのほか最近のことである。また、「国王は、何びとのもとにもあるべきではないが、神と法のもとにはあるべきである」という13世紀イギリスのブラクトンのことばは、「法の支配」(rule of law)の精神の神髄を示したものとされる。※1 議会でも王様でも、超えることができない「法」がある。時代は下り17世紀イギリスでは、ボナム医師事件(Dr. Bonham's case 1610年)において、王立医師会に加入を認められていない者が医療行為を行ったら罰金を科するとのヘンリー8世の法律について、クック卿が「コモン・ローと理性に反する法律は無効である」との判断を示したことが有名である。※2
 わが国では、ドイツ法やフランス法などの「大陸法」を中心とした欧米の法制度が明治以降急速に輸入され、第二次世界大戦後の連合国総司令部(GHQ)指令等によりアメリカ法やイギリス法などの「英米法」の影響が大きくなった。和風の理屈と人情の上に、「大陸法」と「英米法」が錯綜して積み重なっているために、「法」を創造する土台となる議論が途切れがちになることがある。極論や屁理屈ではなく、未来志向のディスカッションによって「よいルール」「わかりやすいルール」「役に立つルール」を作っていくのが望ましいのだが、とくに医療界では、「法」の不安定さがかえって社会的なリスクを生み出しかねない現状がある。

※1「Rule of law」英米法辞典 p743 東京大学出版会 1991年
※2「Dr. Bonham’s case」 同上

医師法21条と死体解剖保存法11条


 ここで、二つの条文をご紹介したい。いずれも死因究明に関連する重要な条文である。

医師法第二十一条  医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

死体解剖保存法第十一条  死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは、二十四時間以内に、解剖をした地の警察署長に届け出なければならない。

 何のために警察に届け出るか、目的は何か。どんな場合に警察に届け出るか。範囲はどのようなものか。「異状」とは何か。届け出なかったらどうなるのか。さまざまな疑問が湧いてくる。この二つの条文をめぐる状況は、「迷宮」といってもよい。
 最高裁判所は、「医師法21条にいう死体の「検案」とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない」としている。※3 これは「検案」の定義である。医師法21条の「異状」と死体解剖保存法11条の「犯罪と関係のある異状」をどう理解したらいいのか…。第二次世界大戦後の混乱期に問題のルーツはある。

 まず、医師法21条について、少し歴史をひもといてみる。※4
 明治7年8月18日文部省達によって東京府・京都府・大阪府に「医制」と呼ばれる制度が作られ、明治9年2月には内務省達として各県にも同様の制度が作られた。診療中の患者が死亡したら医師は死因を書いて「医務取締」に提出するという内容のお達しであった(文部省達では三日以内との定めがある)。
 警察が登場するのは、東京府布達明治9年甲122号(明治9年10月21日)からである。「第六条当番医タルモノ死体検案之節若シ異状アリテ変死等之疑アルキハ即時該区務所エ申出ツヘシ区務所ニ於テハ直チニ警視署エ可及通告此旨布達候事」とされる。「異状」があって変死の疑いがあったら、当番医から区務所に申し出、区務所から警視署に通告する、という制度である。
 すべての医師の義務となって罰則が科せられるようになったのは、医師法施行規則(明治39年内務省令第27号)9条「医師死体又ハ四箇月以上ノ死産児ヲ検案シ異常アリト認ムルトキハ二十四時間以内ニ所轄警察官署ニ届出ヘシ」による。「異状」が「異常」となった。この後、昭和17年の国民医療法に基づく国民医療法施行規則(昭和17年厚生省令第48号)31条では、「異常」が「異状」となった。
 第二次世界大戦後、法律に根拠を持たない施行規則(政令)で罰則を定めることが日本国憲法に違反するとして、新たに国民医療法(昭和22年)10条の2に規定がおかれたが、文言は「異常」に戻り、当時の帝国議会では犯罪の捜査の便宜のためとの説明がなされた※5。その後、再度、「異状」という文言に戻され、医師法(昭和23年)21条となり現在に至っている。

 死体解剖保存法※6は、第二次世界大戦後の昭和21年3月、東京上野で餓死者が出たという大々的なマスコミ報道からスタートする。GHQが調査したところ餓死ではないことが判明し、4月にGHQは東京都に対して監察医を置くように口頭で指令した。さらに、同年12月、GHQ公衆衛生福祉部と政府との間で覚書が交わされ、主要都市に監察医が置かれることになった。
 当時の日本は、ポツダム宣言受諾に伴ってGHQにすべての権限が集中しており、政府を通じた間接統治が行われていた。GHQが必要と考えれば、勅令や政省令の形で次々に法制度を作ることができた。このような勅令や政省令を「ポツダム命令」と呼んでいる。年が明けて昭和22年、ポツダム省令として、死因不明死体の死因調査に関する省令(昭和22年厚生省令第1号)が制定された。公衆衛生の向上を図るために、「地方長官」は、伝染病、中毒または災害により死亡した疑いがある死体その他死因の明かでない死体について、その死因を明らかにするために監察医に検案させ、検案してもなお死因の確定しないときには、これを解剖させることができる、と定められた。監察医制度の導入である※7。附則では、当分の間、東京都の区の存する地域、京都市、大阪市、名古屋市、横浜市、神戸市および福岡市に施行するとされた。
 昭和23年7月に公布された新しい刑事訴訟法では229条に規定がおかれ、「変死者又は変死の疑のある死体」があるときは、検察官は検視をしなければならないとし、公安委員会の指定する警部以上の警察官などに検視を行わせることができるとした。
 昭和24年6月に死体解剖保存法が公布され、死因不明死体の死因調査に関する省令は廃止された。「地方長官」は「政令で定める地を管轄する都道府県知事」となったが、監察医制度は拡大しなかった。また、「変死体又は変死の疑がある死体」については、刑事訴訟法229条の規定による検視があった後でなければ、都道府県知事は監察医に検案または解剖させることができないと規定された。

※3 平成16年平成15(あ)1560号医師法違反,虚偽有印公文書作成,同行使被告事件 平成16年4月13日最高裁判所第三小法廷判決
※4 医師法21条については、「医師法21条をめぐる若干の考察」 佐久間泰司 龍谷法学44巻4号591頁 2012年
※5 第1回国会参議院厚生委員会会議録第28号3頁(昭和22年11月25日・医務局次長久下勝次発言)
※6  死体解剖保存法については、 http://www8.cao.go.jp/kyuumei/investigative/20130920/kenntou-gijiroku.html第1回国会参議院厚生委員会会議録第7号1頁(昭和22年8月9日・医務課長久下勝次発言)、第5回国会参議院厚生委員会会議録第19号1頁(昭和24年5月7日・淺岡信夫政務次官発言)
※7  日本国憲法の公布が昭和21年11月、地方自治法の公布が昭和22年4月であることから、自治体の首長ではなく「地方長官」という表現が残ったものと思われる。

未来の法制度の整備のために


 第二次世界大戦後の混乱期に導入された監察医制度が当初の目論見どおりに発展し、関連する法制度がもっと整備されていれば、現在の混乱は回避されていたかもしれない。未来の法制度を構想するとき、言葉と論理の整合性以上に重要なポイントは、人材養成とシステムの整備である。医療介護のリスクマネジメントの土台は社会保障制度そのものである。歴史の中で築かれてきた制度の由来を知り、新たな現実の課題を直視しながら、未来に向けてより合理的な制度にする努力を続けていく必要がある。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年3月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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