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実践からみる地域包括ケアにおける

連携・機能分化


 全6回に渡って、実践例を盛り込みつつ、地域包括ケアにおける連携・機能分化についてお届けします。


<執筆>
特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長 藤井 将志 氏


第4回:地域包括ケアシステムでのチーム医療

 本号では「地域包括ケアシステム」を実現するうえで必要となるチーム医療の考え方についてみていきます。地域連携というくらいなのですから、一つの医療機関完結ではなく、複数の経営母体が異なる組織が連携していくことが必要になるのは明らかです。「チーム医療」については医療界のなかでかなり前から叫ばれてきました。しかし、これまで言われてきたチーム医療は、一つの組織内におけるチームでした。医師、看護師、その他のコメディカル、事務職、こうしたメンバーが集まり患者さんの治療方針を決めたり、実際に医療を提供していくことでした。院内PHSで電話できる相手ばかりです。それでも職種間の壁があり、コミュニケーションがうまく取れず、問題が発生することは多々あります。
 ところが、地域包括ケアシステムを実現するために必要なチーム医療のメンバーはさらに拡大します。図表で示したような関係者が登場しますが、先述の院内チーム医療は@のなかで完結します。また、後方支援の病院との連携だけを考えるのであれば@とA、Bとの連携で済むかもしれません。この程度であれば、確かに組織が違うことによる考え方の相違はあるかもしれませんが、基本的には医療者の集まりです。似たような勉強をしてきて、同じ専門用語を日々使っている人たちの集まりです。



 しかし、今後は在宅まで含めた連携を構築していくことが求められている時代です。すると登場してくる関係者が格段に広がります。C、Dくらいまでなら、医療者ですので医療の言葉は通じるでしょう。F、Gになってくるとだんだん厳しくなってきます。「医師が言っています」「医学的にはこうです」などといった説明が成り立たないケースが頻出します。そういう論理的・専門的な話よりも、感情的な要素が求められてきます。さらに、H〜Kに至っては、医療とはあまり直接的に関わりのない人たちです。いわゆる一般市民がチーム医療のメンバーに突如加わることになります。これだけ多種多様な関係者を取りまとめることが、地域包括ケアシステムを導くリーダーに求められるのです。
 もちろん、そのリーダーは必ずしも医師である必要はないでしょう。社会福祉士であったり、訪問看護師であったり、地域により、症例により、変わることも考えられます。しかし、やはり中核となるのは、頼りにされる医師であることが多いはずです。その際に、今までのように”医療“が常識の人たちが集まって行ってきたチーム医療と同じ感覚で、取りまとめようとすると失敗しかねません。これまで病院のなかで実施してきた常識を取り払い、一般市民として集まった人たちを束ねていく視点が欠かせないでしょう。



広義のチーム医療に求められる課題例

 さて、こうした広義のチーム医療が直面する「テーマ」のいくつかを考えてみます。例えば「在院日数」についてです。一般市民からすると「なぜたらい回しのように、施設を次々と転院しなければならないのか」というのが正直な気持ちではないでしょうか。本来なら医師や看護師がたくさんいる地域の基幹となる病院でずっと診てもらいたい、というのが普通の人でしょう。しかし、我々医療を提供する側からすると、それが難しい時代となっていることは明らかです。それを懇切丁寧にお伝えし、理解してもらわなければなりません。
 急性期病院から、ポストアキュートの病院、その後老健に、最後は有料老人ホームと転院した場合には4回も入退出があります。これが数カ月の間に起こるのです。健康な人でも、生活環境がこれほどコロコロと変わることは珍しいでしょう。それを、痛みを伴った患者さんがやっていかなければならないのです。相当なストレスであり、人によってはせん妄などを引き起こしてしまうことは容易に考えられることです。
 「うちは急性期病院だから1週間しかいられません。治療も終わるので、来週には○○病院に行ってください」なんて言葉では、本当の意味で理解できる一般市民はいません。まして病院はすべて同じ、どこが急性期で、どこが亜急性期、慢性期かということは見えません。治療が終わるといっても、現時点では痛いし、いつ良くなるかなんてわかりません。「一昨日来たのに、週明けには別のところに行けなんて、早すぎませんか。○○病院のことは知らないし、どうやって行けばいいのでしょうか」など、一般の人の感覚からすると疑問や不安だらけです。
 もう一つ触れておきたいのが「胃ろう」への対応です。いわゆる、どういった終末期を迎えたいか、という大変センシティブな内容です。平成26年度の診療報酬改定で胃瘻造設術の点数が激減してから、全国の胃ろうの件数は激減していると思います。しかし、その一方で経鼻経管が増えている、中心静脈栄養が増えている、といった地域も少なからずあるようです。結局、胃ろうという処置を違うものに変更しただけで、本質的なことに対処していない結果でしょう。患者さんや家族の終末期に対する考え方を、診療報酬改定のように手のひらを返したように激変させることは不可能です。その歪みが生じている結果といえます。
 これは何も終末期の栄養摂取に関することだけではありません。すべての医療のあり方についていえることです。90歳の利用者さんが介護施設で誤嚥性肺炎を起こしたら夜中でも救急病院に運ぶべきなのでしょうか。同じように高齢の在宅患者さんが、脳梗塞で倒れたら、訪問看護師は救急車を呼んで救急病院に搬送するべきなのでしょうか、それとも定期往診の主治医と家族を呼ぶべきなのでしょうか。もちろん、こうしたテーマの答えは誰にでも共通のものではなく、個別に答えが変わってきます。だからこそ難しく、取りまとめるチームリーダーに求められるものも大きくなります。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成28年7月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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