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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第4回:デイサービス利用者の転倒・骨折 〜骨折事故と賠償責任@〜


事案の概要


 X(85歳・女性・要介護2)は、社会福祉法人Yの介護施設において通所介護サービスを受けていた。平成14年7月1日午後3時30分頃、Xは、送迎車を待つ間、いつもどおりトイレに行っておこうと思い、杖をついてソファーから立ち上がろうとした。それを見た職員Bは、Xが前かがみになりそうになったことから転倒の危険を感じ、転倒防止のための介助をしようと考え、Xに「ご一緒しましょう」と声をかけた。Xは、「1人で大丈夫」と言ったが、Bは、「トイレまでとりあえずご一緒しましょう」と言い、ソファーから本件トイレの入口までの数メートルの間、付き添って歩き、歩行の介護をした。Xが本件トイレに入ろうとしたので、Bは本件トイレのスライド式の戸を半分まで開けたところ、Xは本件トイレの中に入っていった。Xは、本件トイレの中に入った段階で、Bに対し、「自分一人で大丈夫だから」と言って、内側から本件トイレの戸を自分で完全に閉めた。その後Xは、本件トイレ内を便器に向かって杖をつきながら歩き始めたが、数歩、歩いたところで転倒した。その結果、Xは大腿骨骨折の傷害を負い、後遺障害を残した(要介護4)。そこでXからYに対し、損害賠償を求めて訴えに及んだのが本件である。


判決


@「Yとしては、通所介護契約上、介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負う」。

A「Yは、通所介護契約上の安全配慮義務として、送迎時やXが本件施設内にいる間、Xが転倒することを防止するため、Xの歩行時において、安全の確保がされている場合等特段の事情がない限り常に歩行介護する義務を負っていたものというべきである。」

B「本件トイレは入口から便器まで1.8メートルの距離があり、横幅も1.6メートルと広く、しかも、入口から便器までの壁には手すりがないのであるから、Xが本件トイレの入口から便器まで杖を使って歩行する場合、転倒する危険があることは十分予想し得るところであり、また、転倒した場合にはXの年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想しうる。そうであれば、Bとしては、Xが拒絶したからといって直ちにXを一人で歩かせるのではなく、Xを説得して、Xが便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであり、これをすることなくXを一人で歩かせたことについては、安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。」

C「確かに、要介護者に対して介護義務を負う者であっても、意思能力に問題のない要介護者が介護拒絶の意思を示した場合、介護義務を免れる事態が考えられないではない。しかし、そのような介護拒絶の意思が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したという場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。」
(横浜地裁平成17年3月22日判決〔判例時報1895号91頁〕)


【解説】

1 はじめに


 前回まで3回にわたって取り上げた誤嚥と並んで、法的紛争になりやすい介護事故類型が、骨折である。従来の裁判例の多くは、デイケア送迎時(東京地裁平成15年3月20日判決)、トイレへの移動時(福島地裁白河支部平成15年6月3日判決、大阪高裁平成19年3月6日判決)、食堂への移動時(福岡高裁平成19年1月25日判決)など、利用者自身の歩行による転倒事案である。本件も、トイレへの移動時に起きた転倒・骨折事故に一事案を付け加えるものである。

2 安全配慮義務


 誤嚥事故の事案では、債務不履行責任が問われるよりも(例外として、本連載第1回で取り上げた水戸地裁平成23年6月16日判決)、緊急時の救急救命対応が争点となることもあってか、不法行為責任の問題として処理されることが多い。これに対し、骨折事故の事案では、介護契約の存在を前提として、その債務不履行責任が、安全配慮義務違反という形で争われるのが一般的である。本件でも、判旨@において、通所介護契約上の転倒事故防止に係る安全配慮義務の存在が認められた。安全配慮義務は、契約書の中で具体的に規定されていることも多いであろうが、たとえこうした条項がなくとも、契約上の本旨債務(すなわち介護サービスの提供)に付随した義務として認められる点に留意する必要がある。
 判旨Aは、こうした一般的な安全配慮義務を前提とした上で、個別の介護場面でのより具体的な義務すなわち歩行介護義務の存在を認めている。

3 歩行介護義務違反


 判旨Bでは、本件施設での職員Bの対応が安全配慮義務違反にあたる旨判示している。具体的には、Xがトイレ内の便器まで歩くのを介護する義務があったのに、トイレ入り口までの歩行介助しか行わなかった点に、義務違反を認めた。
 本件事案の特徴は、認知症でない高齢者が、個人のプライバシーと密接に関わるトイレ内を自力で歩行する意向を表明したにも関わらず、職員の介護義務違反が認められた点にある。判旨Cにあるように、「介護拒絶の意思が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したという場合でなければ、介護義務を免れることにはならない」との判示は、介護専門職としての「説得義務」まで課されている点で、厳しい判断と思われるかもしれない。
 ただし本件では、平成13年2月12日、Xが施設の玄関ホールでつまずき、しりもちをついて転倒したことがあり、これを機に施設職員は、Xの移動については、全職員が注意し、その日のXの様子により、見守りまたは介助をするようにし、転倒防止に気をつけていたと認定されている。その意味では、突発的な事故というより、介護者側は十分転倒リスクを認識していた事案である。右の判示部分も、こうした本件の性格を前提としたものと読むべきであろう。
 また仮に過去の転倒事故がなかったとしても、本件トイレが車椅子利用者仕様の広いトイレで、誘導用の手すりなども設けられていないとすれば、杖をついており転倒の危険が感じられるような利用者を、こうしたトイレに(たとえ近くても)誘導すべきでないし、誘導する以上はトイレ内部まで歩行介護すべき義務があると言わざるを得ないであろう。

4 過失相殺について


 本件では、Xが本件トイレを自ら選択し、歩行介護を断って戸を閉め、便器に向かって歩き転倒した点に、Xにも過失があったとして、3割の過失相殺(賠償額の減額)を行った。
 従来の裁判例でも、過失相殺が認められた例は存在する(前掲・東京地裁平成15年3月20日判決〔6割〕)。ただし、これを認めない裁判例もある(前掲・福島地裁白河支部平成15年6月3日判決)。過失相殺するかどうか、どのような割合で行うかは基本的に裁判所の裁量事項とされているが、認知症で「自分のいる場所や周囲との関係、出来事などを理解できない状況にあった」(大阪高裁平成18年8月29日判決)場合などにおいて、被害者の過失に帰すことは基本的に困難であると考えておくべきであろう。なお、過失相殺においては、被害者本人以外の者の事情も勘案される場合がある。この点については本連載第3回(前回)の事案も参照されたい。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年7月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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