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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第5回:グループホーム入居者の転倒・骨折 〜骨折事故と賠償責任A〜


事案の概要


 亡A(当時79歳)は、平成12年6月多発性脳梗塞を発症し、徘徊等の認知症の症状が発現したため、同年9月、Yが経営する指定痴呆対応型共同生活施設(平成17年介護保険法改正前の呼称)に入居した。Aは、入居時は要介護2で利用契約(本件契約)を締結し、平成13年7月要介護3の認定を受け、本件契約を更新した。
 本件施設職員B(介護福祉士)は、同年12月12日午後2時40分頃、Aを浴室で入浴(全介助)させるため、1階食堂からAの手を引いて階段を上がり、リビングに誘導した。Bはその途中でAに対しトイレに行くかどうか尋ねたが、Aは行くとは答えなかった。BはAをリビングの椅子に座らせ、「ここで待っていてくださいね」と言っただけでAの許を離れ、浴室で湯温の確認、脱衣所のマットの整えをしていたところ、Aはその間にトイレに行こうとして歩き出し、トイレの出入り口付近で転倒し、右大腿骨頚部骨折の傷害を負った。Aは入院し、平成14年3月28日に骨癒合が完成し症状が固定した。Aは、本件事故後要介護度が重度化し、転倒・骨折、誤嚥などによる入退院を繰り返した後、平成16年1月12日死亡した。
 Aの遺族であるX1・X2・X3からYに対し、損害賠償を求めて出訴に及んだのが本件である。


判決                   【請求一部認容】


@「本件施設は、比較的安定状態にある認知症高齢者が少人数、かつ家庭的な環境のなかで共同生活を送りながら日常生活上の世話を受けたり、機能訓練を行う介護保険特定施設であって……家族を離れた認知症高齢者を24時間受け入れ、介護及びその他の援助を提供する施設であるから、たとい本件契約の本旨債務に包含されないとしても、それに付随する信義則上の義務として、転倒による受傷等から居住の安全を守るべき基本的な安全配慮義務のあることはYも否定しないところである。」

A「本件事故当時のAは、……認知症の中核症状ばかりか周辺症状も出現していたことからすれば、多数の入居者とともに静穏に過ごしていた一階食堂からひとり離れて本件リビングに誘導されるという場面展開による症状動揺の可能性があったこと、待機指示を理解できず、あるいはいったんは理解しても忘却し、急に不穏行動や次の行動に移ることは容易に推測が可能な状況にあり、また、ふらつき等の不安定な歩行による転倒の危険性は常々指摘されていたところであるから、職員としては、Aの許を離れるについて、せめて、Aが本件リビングに着座したまま落ち着いて待機指示を守れるか否か、仮に歩行を開始したとしてもそれが常と変わらぬ歩行態様を維持し、独歩に委ねても差し支えないか否か等の見通しだけは事前確認すべき注意義務があったというべきであり、それ自体は、通常の本件施設における見守り(安全確認)と異なる高度な注意義務を設定するものとはいえない(もとより回避可能性を否定すべき事情もない)。」
(大阪高裁平成19年3月6日判決〔賃金と社会保障1447号55頁〕)


【解説】

1 はじめに


 本件は、グループホームでの介助中の認知症高齢者の骨折事故につき、施設側の安全配慮義務違反が認められた事案である。後述するように、本判決は、原告の請求を棄却した原審を覆して請求を一部認容した。裁判所の結論がわかれるほど、判断が難しい事案であったといえる。

2 安全配慮義務と見守り義務


 判旨@は、転倒による骨折等の受傷を防止する安全配慮義務を、「信義則上の義務」として認めている。このように、明文規定がなくとも安全配慮義務を認め得る点は、本連載ですでに触れた。
 本件施設は、認知症対応型とはいえグループホームであり、本判決もいうように「心身の障害で常時介護を要する者を対象とする介護老人福祉施設、医療ケアと介護が必要となる者を対象とする老人保健施設(略)とは設置の目的・性格は異な」る。加えてAは独立歩行が可能であり、これまで施設内で独立歩行による転倒事故は一度もなかったと認定されている。
 Yは、「排泄、入浴、階段の昇降等、AのADLの状態に即して危険が予想される場合の配慮は当然としても、このような場合でもなく、かつ平坦な本件リビングに待機させているのに、わずか十数秒ないし二、三十秒の短時間すら目を離してはならないという極端な注意義務を課せられることになれば、生活面の介助を提供しながらも自立した日常生活を援助するという、およそグループホームの本来の役割を果たすべき施設運営を遂行することはでき」ないと主張した。
 原審(京都地裁平成18年5月26日判決)も、「十数秒ないし二、三十秒の間でも、椅子に座っているAから目を離してはならないという法的義務がBやYにあったとは認め難い(仮にかかる法的義務を認めるとすれば、グループホームの運営に関して著しく過重な業務が課されていることとなり、グループホームが同様の状態にある高齢者の引受けを躊躇する事態も生じかねないといえる。)。」として請求を棄却した。
 本判決は、判旨Aのように判示し、「Aが本件リビングに着座したまま落ち着いて待機指示を守れるか否か、仮に歩行を開始したとしてもそれが常と変わらぬ歩行態様を維持し、独歩に委ねても差し支えないか否か等の見通しだけは事前確認すべき注意義務」違反を認めた。たしかにそうした注意を尽くしていれば事故は防げたかもしれないが、グループホーム入所者へのBの対応が損害賠償責任を基礎づけるほどの行為であったと断言することに躊躇を憶える。施設側にかなり厳しい判決といえよう。実際には賠償責任保険で支払いがなされるとすれば、このことが裁判所の判断の背景にあるのではないかとさえ思えなくもない。
 ただし、結論に至る背景要因として2点指摘できる。第1に、本判決では、本件施設は要介護状態区分1または2の認知症高齢者施設であり、Aは要介護3の認定を受けてG園への転所を申し出たが、本件施設側で、今までどおり責任をもって介助をするというので契約を継続した旨認定されている。あえて重度の入居者を引き受けた以上、相応の加重された注意義務を負わされて当然であるとの配慮があったのかもしれない。
 第2に、本判決では「家族が毎日のように本件施設に赴くため、施設側のトイレ誘導や入浴介護の予定に支障を来すことからか、本件施設から出入りを少し遠慮して欲しいとの申し出があり、本件事故前日にも同様の申し出があった」とも認定されている。施設と家族との関係が良好でなく、そのことが本件を裁判に至らせた背景要因になっている可能性がある。

3 因果関係について


 施設側の安全配慮義務違反が認められても、介護事故から派生する結果(損害)をすべて賠償しなければならないわけではなく、相当因果関係の範囲内で賠償責任を負うにとどまる。本判決は、本件事故が二年余の長きにわたる入院治療のきっかけとなったことは確かであるが、「本件事故以後における転倒、胃潰瘍、うっ血性心不全、髄膜腫、認知症の亢進、嚥下障害による窒息等々をすべて骨折に帰責するには、生体を取り巻くあまりにも複雑な要素が交錯混在しており、骨折と死亡との間の相当因果関係までは肯認できない」とし、転院するまでの間の整形外科的な損害に限定した(損害総額は、傷害慰謝料400万円を含め、合計652万円余)。他方、骨折→長期臥床→肺機能低下・誤嚥→肺炎発症→死亡という一連の経過が、通常人にとって予見可能であるとして、骨折と肺炎発症による死亡との間に相当因果関係を認めた事案もあり(東京地裁平成15年3月20日判決)、この点は事案ごとに判断せざるを得ない事項といえる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年8月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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