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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第6回:グループホーム入居者の病院への搬送 〜搬送義務と賠償責任〜


事案の概要


 Xの夫A(83歳)は、Yとの間で平成18年6月12日、認知症対応型共同生活介護利用契約を締結し、同月18日、Yが開設する事業所(Bグループホーム)に入所した。Aは当時、アルツハイマー型認知症を発症していた。
 同月29日午後3時頃、職員Cは、Aが台所付近で三角コーナーを触ろうとしていたところを目撃した。Aは、同日午後9時20分頃と同9時55分頃に夕食を嘔吐し、発熱・軟便の症状が認められた。施設長Dは、協力医療機関の担当看護師EおよびS病院と協議した上、その夜はBホームにてAの経過を観察することとした。DはXにも電話をかけ状況を説明し、Xは「お任せします、寝ているのであれば」等と答えた。夜勤職員Fは、30分ないし1時間おきに巡視を行った。
 翌30日午前8時30分頃、FはAに下痢・発熱を認めた。同10時頃、Bホームに到着したDは、Aがいつもの様子と違うと感じたため、午前10時19分、救急車を手配した。救急車が到着し、同10時50分S病院に到着した。Aは、細菌性腸炎、急性腹症、脱水等と診断され入院した。その後Aは、7月12日にはベッドサイドでのリハビリが開始されるなど回復をみせたものの、8月6日に再び嘔吐し、消化管穿孔が疑われたことから、禁食・点滴加療となり、同月11日、消化管穿孔による腹膜炎により死亡した。
 本件は、XがYに対し債務不履行責任に基づく損害賠償を求めた事案である。


判決               【請求棄却(控訴棄却)】


原判決(さいたま地裁平成22年9月30日判決〔判例タイムズ1344号153頁〕)は以下のように判示し、Xの請求を棄却した。

@Yの健康阻害事故防止義務違反
 「Aには生ごみ等を口にする傾向がなかったもので、……台所への見通しのよい食堂には、昼間の時間帯、常に職員が配置されていたのであるから、Aが台所の三角コーナーに捨てられた生ごみ等を食べるのは困難な状況にあった上、三角コーナーに捨てられた残飯が翌日まで残っていることはなかったのであるから、嘔吐や下痢の原因となるような生ごみ等を食した可能性は低いと考えられる。これらに加え」「6月30日に採取された便の培養の結果、Aについて腸炎の原因となる細菌による腸内感染が否定されたことに照らせば、Aが6月29日、生ごみ等、とりわけ腸炎を発症させるような生ごみ等を食したと認めることはできない。」
 「YにAの健康阻害事故を防止すべき義務を怠った過失があるというXの主張は、その前提を欠き、採用できない。」

A救急搬送義務違反
 Yには午後9時55分頃、および同10時40分頃、Aを医療機関に救急搬送すべき義務があり、これを怠ったとは言うことはできない。控訴審判決(東京高裁平成22年9月30日判決〔判例タイムズ1344号152頁〕)も、Aの点につき以下のように判示したほか、基本的に原判決を維持した。
 「原判決の認定するとおり、Aが2度にわたり嘔吐した同日午後10時ころの時点において、Aに意識障害は認められず、血圧・脈拍等にも特段の異常はなかったのであるから、この時点で直ちにAを医療機関に緊急搬送すべき必要性があったとは認め難いといわざるを得ない。そして、このような状況の下で看護師の指示に従って水分補給等の措置をとり、同日午後11時30分以降入眠したAの経過観察を継続したY担当者の措置が、介護施設の担当者としての注意義務に違反するものではないことは原判決の説示するとおりである。」


【解説】

1 はじめに


 本件は、グループホームで認知症対応型共同生活介護を受けていた高齢者が体調を崩し、入院先の病院で死亡した事案につき、グループホーム運営法人(株式会社)の損害賠償責任が否定された裁判例である。
 原審の争点@は、認知症の入所者が居住し、異食の危険性があるグループホームにおける生ごみ等の管理の適切さが問われたものである。本件でのYの対応に過失はないとされたものの、仮に生ごみ等の衛生管理に問題があり、異食による腸炎等の発症がみられたような場合、施設側の過失が認められる可能性がある点に留意する必要がある。
 以下では、医療機関への搬送義務に係る争点Aを中心に検討を加えることにしたい。

2 体調異変の際の対応


 介護施設入所者の体調異変をめぐっては、発症に際しての施設側の対応(具体的には医療機関への搬送)のあり方が争点となることがある。この点は、医療機関の間であれば、いわゆる転送義務の問題として捉えられ、医師の専門職性に裏打ちされた適時適切な判断の有無が問われる(最高裁第三小法廷平成15年11月11日判決など)。これに対し、介護施設は医療機関でなく、医師が常駐していないことから、医療機関と同様の対応を求められるわけではない。
 従来の裁判例では、自立型ケアハウスの事案で、「自立型ケアハウスを運営する者は、入居者の体調不良に際して、救急車を必要とする場合には救急車を要請し、そのような場合でなければ、入居者の家族に連絡して、入居者本人またはその家族による対応に委ねれば足り、自ら入居者を病院に搬送する義務までは負わない」旨判示したものがある(名古屋地裁平成17年6月24日判決)。
 本件では、契約締結の際に交わされた重要事項説明書に、「緊急対応方法」として、「お客様に健康上急変があった場合は、消防署もしくは適切な医療機関と連絡をとり、救急治療あるいは緊急入院が受けられるようにします。そして、速やかに身元引受人に連絡します。」との記載がある。またAおよびXは、Yから、「重度化した場合における医療体制指針」について説明を受け、そこには「利用者が、入居中に重度化した場合には、協力医療機関の医師の指示に従い、担当看護師が適切な処置および職員への指導を行います。」、「本件グループホームからは看護師へ24時間常時連絡が可能であり、日頃から利用者の状態を把握するとともに、急変等に対しても随時対応できる体制とします。」との記載がある。
 これらはいずれも契約内容もしくは契約解釈の指針というべきものであり、実際にそうした対応を行ったか否かが、債務不履行責任の成否を判断する際の重要なポイントとなる。この点本件では、C職員の連絡を受けたD施設長がBホームに駆けつけ、自らE看護師やS病院と連絡を取り、指示を受けたうえで、F職員が頻繁に夜間の巡視を行うという態勢をとった(深夜におけるAは、午前1時と同3時に水分補給を拒否したものの、他の時間帯は寝息を立てて寝ていた)。こうした対応(Xへの電話も含む)は、先の「緊急対応方法」や「指針」におおむね沿ったものであり、適切であったといえよう。

3 救急搬送義務の水準


 契約上とるべき措置を尽くしたか否かとは別に、病状は刻々と変化し得ることから、救急車を要請すべきか否かの「判断」が、介護職ないし介護事業者・施設に求められることは否定できない(このことは先にあげた自立型施設の事案でも同様である)。その際、誤嚥事故のように救命救急措置が必要とされるべきことが一見明白な場合は別として、搬送が必要か否かについて求められる判断の水準は、医療機関ほど高度なものではない。ただし、指定認知症対応型共同生活介護事業者の代表者が介護従事経験者等であること(人員・設備・運営基準92条)などからすると、一般人と異なりそれ相応の専門的見地からの判断が求められると言わざるを得ない。
 現実には、介護施設での「看取り」などの場合もあり、体調異変がすべて直ちに救急搬送義務と結びつくとは考え難い。ただし、このような場合、親族等に対する適時適切な情報提供と信頼関係の構築が前提となる。
 本件で裁判所が認定した事実関係からすると、Yはそれなりの対応をしており、なぜ裁判にまで至ったのか疑問がなくはない。この点は、本件がA入居後わずか12日での発症であり、XY間の信頼関係が築けていなかったことと関連しているのかもしれない。入所後あるいはサービス利用開始後間もない事故の事案で、裁判に至るケースは少なくない(この点は、施設・事業者側が利用者の状態像をまだ十分把握しきれていない面にも起因する)。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年9月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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