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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第9回:抑制具の使用と身体拘束


事案の概要


 Aは、平成15年10月7日、変形性脊椎症、腎不全、狭心症等と診断されB病院に入院した。
 Aには夜間になるとせん妄の症状がみられ、11月4日には何度もナースコールを繰り返してオムツをしてほしいと要求し、これに対する看護師の説明を理解せず、1人でトイレに行った帰りに車いすを押して歩いて転倒した。
 11月15日夜、Aは消灯前に入眠剤リーゼを服用したが、消灯後も頻繁にナースコールを繰り返し、オムツ交換を要求した。看護師らは、オムツを確認して汚れていないときはその旨説明し、オムツに触らせるなどしたものの、Aが納得しなかったため、汚れていなくてもオムツを交換するなどした。
 Aは翌16日午前1時頃車いすで詰所を訪れ、車いすから立ち上がろうとし大声を出した。C看護師は、Aを4人部屋の病室へ連れ戻したものの、同室者に迷惑がかかると思ったことや、Aが再び同様の行動を繰り返して転倒する危険があると考えたことから、Aをベッドごと詰所に近い個室に移動させた。C看護師らはAを落ち着かせようとしたが、興奮状態は収まらず、ベッドから起き上がろうとする動作を繰り返した。このため、C看護師らは、抑制具であるミトンを使用し、Aの右手をベッドの右側の柵に、左手を左側の柵にくくりつけた(本件抑制行為)。
 Aは、口でミトンのひもをかじり片方を外したが、やがて眠り始めた。C看護師らは、詰所から時折Aの様子をうかがい、同日午前3時頃、Aが入眠したのを確認してもう片方のミトンを外した。Aにはミトンを外そうとした際に生じたと思われる右手首皮下出血及び下唇擦過傷が見られた。
 本件は、AがB病院を開設するYに対し、本件抑制行為が診療契約上の義務に違反する違法な行為であるなどと主張し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。(その後Aの死亡により、本訴はAの子であるXらに承継された。)


判決               【破棄自判、控訴棄却】


1 「Aは、せん妄の状態で、消灯後から深夜にかけて頻繁にナースコールを繰り返し、車いすで詰所に行っては看護師にオムツの交換を求め、更には詰所や病室で大声を出すなどした上、ベッドごと個室に移された後も興奮が収まらず、ベッドに起き上がろうとする行動を繰り返していたものである。しかも、Aは、当時80歳という高齢であって、4カ月前に他病院で転倒して恥骨を骨折したことがあり、本件病院でも、10日ほど前に、ナースコールを繰り返し、看護師の説明を理解しないまま、車いすを押して歩いて転倒したことがあったというのである。これらのことからすれば、本件抑制行為当時、せん妄の状態で興奮したAが、歩行中に転倒したりベッドから転落したりして骨折等の重大な傷害を負う危険性は極めて高かったというべきである。
 また、看護師らは、約4時間にもわたって、頻回にオムツの交換を求めるAに対し、その都度汚れていなくてもオムツを交換し、お茶を飲ませるなどして落ち着かせようと努めたにもかかわらず、Aの興奮状態は一向に収まらなかったというのであるから、看護師がその後更に付き添うことでAの状態が好転したとは考え難い上、当時、当直の看護師3名で27名の入院患者に対応していたというのであるから、深夜、長時間にわたり、看護師のうち1名がAに対し付きっきりで対応することは困難であったと考えられる。そして、Aは腎不全の診断を受けており、薬効の強い向精神薬を服用させることは危険であると判断されたのであって、これらのことからすれば、本件抑制行為当時、他にAの転倒、転落の危険を防止する適切な代替方法はなかったというべきである。
 さらに、本件抑制行為の態様は、ミトンを使用して両上肢をベッドに固定するというものであるところ、前記事実関係によれば、ミトンの片方はAが口でかんで間もなく外してしまい、もう片方はAの入眠を確認した看護師が速やかに外したため、拘束時間は約2時間にすぎなかったというのであるから、本件抑制行為は、当時のAの状態等に照らし、その転倒、転落の危険を防止するため必要最小限度のものであったということができる。」

2 「入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきものであるが、上記1によれば、本件抑制行為は、Aの療養看護に当たっていた看護師らが、転倒、転落によりAが重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって、診療契約上の義務に違反するものではなく、不法行為法上違法であるということもできない。」
(最高裁平成22年1月26日第三小法廷判決〔最高裁判所民事裁判例集64巻1号219頁〕)


【解説】

1 はじめに


 本件は、病院での深夜帯の看護師による身体拘束(抑制)の違法が争われた裁判である。高裁判決(名古屋高裁平成20年9月5日判決判例時報2031号23頁)が、原審を覆して本件抑制行為を違法とし、社会的に注目を集めた。これに対し最高裁判決は、高裁の判決を覆して本件抑制行為を適法とした。本件の事実関係を前提にした上での結論(事例判断)であるものの、最高裁判決であることから実務への影響も大きいと思われる。病院の事案であるが、介護施設等でも参考になると思われることから、今回取り上げた。

2 抑制行為の違法性


 医療・介護現場における患者の身体抑制や拘束に関しては、従来から患者等の身体機能を低下させるなどの弊害があるうえ、個人の尊厳や人権擁護の観点からも疑問があるとして問題視されてきた。1998(平成10)年、福岡県内の10の介護療養型医療施設が抑制廃止福岡宣言を発表し、抑制廃止運動が展開されるに至った。介護保険施設の運営基準(平成11年3月31日厚生省令39号及び40号)では、指定介護福祉施設サービス及び介護保健施設サービスの取扱方針として、当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない旨定められた。2001(平成13)年3月、厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」により「身体拘束ゼロへの手引き」が作成され、右の身体拘束禁止規定に関して、切迫性(利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと)、非代替性(身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと)、一時性(身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること)の3要件がすべて満たされることが必要と解されることなどが示された。
 高裁判決では、こうした介護保険施設等を中心とする動きにつき、高齢者の医療や看護に関わる医療機関等でも一般に問題意識を有し、あるいは有すべきであったとしたうえで、同意を得ることなく患者を拘束してその身体的自由を奪うことは原則として違法であり、緊急避難行為として例外的に許される基準としては、右の「手引き」が例外的に身体拘束が許される基準とする切迫性、非代替性、一時性の3要件が判断要素として参考になるとした。本判決も、右の「手引き」を引用してはいないものの、「入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容される」と述べ、原則禁止を当然の前提としている。そのうえで、「切迫性」「非代替性」「一時性」の3つの要素(すべて満たすべき3要件ではなく、総合判断に際しての判断要素にとどまる。この他の要素として拘束の態様や当事者の同意の有無などが考えられる)に鑑み違法でないとの結論に至った。
 最高裁の結論は、本件事案に即してのものであるが、それでも身体拘束撤廃に真剣に取り組んできた介護従事者にとっては違和感があるかもしれない。少なくとも一般論として、身体拘束はあくまで原則禁止とされる点に留意してほしい。

3 抑制行為と医師等の指示


 最高裁は、「前記事実関係の下においては、看護師らが事前に当直医の判断を経なかったことをもって違法とする根拠を見いだすことはできない」と判示した。たしかに患者の容態などによっては、医師の(事前的なものも含め)判断を経ないこと自体の違法を問われる可能性もあろう(保助看法5条の「診療の補助」にあたるような場合)。ただし、通常は看護職・介護職の判断そのものの違法性が問われることになる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年12月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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