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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第12回:ショートステイ利用者の搬送義務〜骨折事故と賠償責任C〜


事案の概要


 C(本件当時96 歳。本訴提起時には既に死亡)は、平成19 年1月24 日、X(C の子)を代理人として、社会福祉法人Yとの間で短期入所生活介護契約を締結し、指定短期入所生活介護事業所N 園の利用を開始した。Cは、1月27日から29 日まで、2月2日から11日まで、3月19 日から26 日まで、4月7日から16日までの計4回利用した後、5月5日から12日までの期間、N園を利用していた。当時、Cは要介護1の状態であり、歩行状況としては、屋内であれば伝い歩きするなど不安定なものであったため、N園の担当者は、「歩行不安定です。転倒に注意してください」との申し送りを行っていた(認知症であったとの認定はされていない)。
 5月10 日午後10 時頃、C がナースコールを行ったため、夜勤のD 介護職員がC のベッドへ行ったところ、C は左足の痛みを訴えた。D がC の痛みを訴えている箇所を確認したが、外傷、腫脹、内出血、熱感などはなく、バイタルにもとくに異常がなかったことから、湿布を貼って様子をみることにした。C は、11 日午前1 時頃までナースコールを頻回に行ったものの、その後入眠した。
 C は、11 日起床時にも足の痛みを訴えたが、腫脹は見られず座位も安定していたため、車椅子に移乗し朝食を摂取した。
 同日9 時30 分頃、D から申し送りを受けたG 看護師およびF 生活相談員がC の様子をみたところ、外見上の異常は確認されず熱感もなかった。C から、骨が折れているかもしれないから病院に行きたいと言ったこともあったが、痛みの原因や骨が折れたかもしれないと考える理由について尋ねてもはっきりした返事はなかった。そこでG は、湿布を貼って様子観察することにした。
 Fは、同日、C を病院に連れて行くかどうかについて、C の家族に状況を伝えた上で相談するべきものと考え、C の緊急連絡先に4、5 回電話をかけたものの、X は仕事で中国に行っていたことから連絡がつかなかった。そこでFは、午後7 時19 分、「明日、ご帰宅されますが、その際病院に受診してからでは如何かと思いご連絡させていただきました。明日のご帰宅前までにご連絡をいただければと思います。」と記載した電子メールをXあてに送信した。
 Fが翌12日に出勤すると、X から、K病院で診察を受けさせるので、Cを病院まで連れてきてほしい旨記載された電子メールが届いていた。そこでF は、Xに電話し、N園の方でCをK病院まで連れて行き、病院でCをXに引き継ぐことを伝えた。
 Cは同日、K病院で診察を受けた後、左大腿骨頸部骨折の患者としてT病院に転送され、左人工骨頭挿入術を受けた。6月28 日、C は東京都から、骨折による左下肢機能障害を障害名として身体障害程度等級4級の認定を受けた(その後11 月3 日、Cは老衰で死亡)。
 以上の経過のもと、XからYに対し債務不履行に基づく損害賠償を求めて訴えに及んだ。


判決              【請求棄却】


1 「C の骨折時期についての上記検討を前提とすれば、C がその主張の前提とする5 月10 日にC がN 園内で転倒して骨折したとの事実を認めることはできない。また、同日の夜に、C がトイレへ行くために施設職員を呼んだこと、C が一人でトイレへ歩いて行ったこと、C が転倒して廊下で倒れていたこと、C を発見した施設職員がC をベッドまで運んだことなどの事実を認めるに足りる証拠はない。」「したがって、介助を怠った注意義務違反に係るX の主張は、その前提を欠くものであるから、理由がない。」 ?

2 「後方視的に見れば、G 看護師がC の状態を確認した時点ではC には骨折が生じていたことが認められるが、この骨折は5月10 日の数週間前に生じた陳旧性のものであった可能性が十分にあるのであって、このような場合、一般的には、発見が遅れることがまれではない。また、N 園の職員においてC が5 月10 日の時点で骨折の原因となるような事故に遭ったことを認識していた事実又は同職員がそのことを認識し得る根拠となる事情が存在した事実を認めるに足りる証拠はない。そして、C には上記のとおり骨折をうかがわせる外観上の所見がなかったというのである。そうすると、様子観察することとしたG 看護師の判断が不適切なものであったとまでいうことはできない。」
(東京地裁平成23 年12 月22 日判決〔判例集未登載(TKC 文献番号25490241)〕)


【解説】

1 はじめに


 本件は、ショートステイ利用中の高齢者が骨折した事案につき、原告の請求が棄却された裁判例である。以下述べるように、骨折の発生時期自体に争いがある点でこれまでみられなかった紛争類型である。また骨折が疑われる入居者の病院への搬送義務について判示している点でも参考になる。

2 施設管理義務違反


 Xは、Cが夜間トイレを利用するために施設職員を呼んだ場合、トイレまでの歩行を介助する義務を負うにもかかわらず、これを怠ってCの転倒事故を発生させた点に、Yの注意義務違反があるとの主張を行っている。夜間の転倒事故の発生という点では、一見すると本年1月号で取り上げた事案(東京地裁平成24年3月28日判決)と共通性をもつようにもみられる。しかし本判決は、判旨1のように述べ、そもそもこうした事故の発生自体を否定し、事実認定のレベルで決着をつけた。
 裁判所の判断に大きな影響を与えたのは、大学病院教授(救急医学教室)作成による意見書であった(Y提出のものと思われる)。それによれば、「Cの骨折について、明確に特定することは困難であるが、画像所見および臨床所見からすれば、少なくとも、痛みの自覚症状が確認された5月10日に発生したのではなく、その数週間前に発生していたものと考えるのが妥当である」旨の意見が述べられている。その根拠としては、レントゲン画像上、骨折部は新鮮骨折でみられる直線的、鋭的な所見はみられず、骨折面すべてにおいて丸みを帯びている状態である等多くの理由が列挙されている。
 一方で生活指導員Fも、区長あて事故報告書(5月25日)の原因欄に、「消灯後、御手洗い等で起きられ転倒したと考えられる」と記載しているように、Cの骨折の原因としては、Cが足の痛みを訴えた5月10日に何らかの理由で骨折したとの推測も成り立ち得るところである。その意味で本件意見書がなければ異なる結論に至った可能性もある事案であった。
 ただし実際には、意見書の執筆を依頼できる医師を見つけることが、原被告双方にとっては小さくないハードルである。

3 適切な治療を受けさせる義務


 本判決では、Cに適切な治療を受けさせることを怠ったYの注意義務違反の有無についても争われた。結果論的には、判旨2で述べているように、G看護師は、既にCに骨折が生じていたなかで5月11日の対応を行ったことになる。しかし裁判所は、Gの判断が不適切とまではいえないとした。
 〔事案の概要〕にあるように、本件ではCが、骨が折れたかもしれないから病院に行きたいと言ったという事実が認定されている。しかし、これに対し職員が原因や理由を尋ねてもはっきりした返事はしなかったとも認定されている。これに加えて、事故の発生や骨折をうかがわせる外観上の所見は認められず、救急外来で診察したK病院の医師でさえ、左大転子部痛を訴えてはいたものの立位をとれるので、当初骨折はないものと判断したとされている(その後のレントゲン撮影で頸部内側骨折が認められたため、大学病院整形外科へ転送され、入院・手術に至った)。こうした状況下、経過観察にとどめたG看護師の判断を違法とまでいうのは酷であろう。
 さらにN園では、5月11日、Cを病院に連れて行くかどうかについて、家族に状況を伝えた上で相談すべきと考え、Xに4、5回電話し、さらに(夜になってはいるが)電子メールも送信している。誤嚥のような一刻を争う場合と異なり、家族の意向を踏まえようとするY側の対応は決して不適切ではない。しかも、5月12日、K病院でXと落ち合ったFは、CをXに引き継いだ際、これまでの状況を説明するとともに、本件ショートステイにおけるCの生活記録などを記載した書面をXに渡したとされており、積極的に情報を伝えようとする姿勢もうかがえる。その意味でも本判決の結論は妥当であると考えられる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年3月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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