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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第13回:入所者の褥瘡管理と注意義務〜褥瘡と賠償責任〜


事案の概要


 亡A(本件当時87 歳)は、糖尿病などの疾患の既往歴を有し、H 病院への入退院を繰り返していた。平成17 年9 月には、腰椎圧迫骨折により再度入院し、主治医のB 医師などの診療を受けた。A は12 月14 日に退院したものの、退院時に直径3 センチほどの仙骨部の褥瘡(本件褥瘡)を生じていた。A はX1(A の妻)とヘルパーによる24 時間態勢の介護と、かかりつけのC 医師の診療を受けた。
 X2(A の子)は、A がH 病院に入院中から、X1 にA の介護負担がかかっていると考え、A の介護施設入所を検討し、同月13 日にY(株式会社)が設置する介護付き有料老人ホーム(本件施設)を見学した。その後X1 が自宅での介護に不安をもつようになったことから、A を本件施設に入居させることとし、A は同月29 日に入居した( A の要介護度は4 であったが、同月27 日付け主治医意見書に基づき、翌月には要介護5 となった)。
 平成18 年1月16 日午後、X1 とX4(A の子)が本件施設を訪れた。X1 がA の状態を見て「元気がなく状態も悪化しているような気がする」などと述べたのに対し、本件施設の協力医療機関であるS 診療所のD 医師は、「本件施設では医療的なことはできず、A の状態を改善するためには病院に行く必要がある」旨答えた。このため、X らはH 病院に連れて行くこととし、A は救急車で搬送された。
 H 病院での診察により、A の仙骨部皮下および左臀筋に広範な壊死性軟部組織感染症が生じていることが認められたため、B 医師はA の敗血症を疑い、感染症の治療を開始した。H病院では本件褥瘡につき、壊死組織を切除する外科的処置などの治療を行ったものの、A は1 月21日午前3 時12 分死亡した。病理解剖の結果、「仙骨部褥瘡、敗血症の疑い」との病理診断が出された。
 こうした経過のもと、X1 とX2・X3・X4(いずれもA の子)からY に対し、損害賠償を求めて訴えに及んだのが本件である。


判決             【請求一部認容】


1 褥瘡の悪化について
 「本件褥瘡は、遅くともA がH 病院に救急搬送された時点で、表面の大きさが約12cm× 約12cm まで拡大していたかはともかく、1.5cm×2.0cm 程度の大きさよりは倍以上に拡大し、その内部においては、1 月18 日時点の状態又はこれに準じる状態にまで拡大、悪化し、細菌感染を起こしていたものと認めるのが相当である」。「D 医師は、本件褥瘡を、デュオアクティブ(ハイドロゲル創傷被覆・保護剤…筆者注)の上から観察したにとどまる」「ことに照らすと、同医師が、16 日時点の本件褥瘡の状態を正確に把握していたかについては疑問が残る。」 ?

2 債務不履行・注意義務違反
 「本件施設は、介護付き有料老人ホームとして、入居契約及び特定施設入所者生活介護利用契約に基づき、A に対し、介護、健康管理、治療への協力等のサービスを提供する義務を負っていた。」
 A は、(高齢、ほぼ寝たきり、糖尿病など)もともと褥瘡を生じやすく、また、褥瘡が治りにくい要因を有していた。
 そして本件施設は、A の入居に当たっては、C 医師からの診療情報提供などを受け、A の心身の状態並びに本件褥瘡の存在及びその悪化に注意を要するとの情報を把握していた。
 「そうすると、本件施設は……A につき、2 時間ごとの体位変換による除圧、患部の洗浄等による清潔の保持その他の適切な褥瘡管理を行い、本件褥瘡を悪化させないよう注意すべき義務を負っていたというべきである。」
 「本件褥瘡が感染し、敗血症を引き起こした原因菌は、腸管内に常在し、糞便から分離されて感染症の原因となることがある腸球菌であったと考えられる」が、Aは本件施設への入居中、仙骨部等に便汚染が認められたことがあった。またデュオアクティブの医薬品添付文書には、「創に臨床的感染が認められた場合には、原則として使用を中止し、適切な治療を行うこと」等の記載があるにもかかわらず、本件施設の看護師は、その使用を続け、A の本件褥瘡を医師に診せなかった。
 「以上によれば、本件施設の、A に対する、褥瘡の清潔の保持には不十分な点があったといわざるを得ない。
 また、本件施設は、A を速やかに医師に受診させる等の義務も尽くさなかった。」
 「Y には、A に対する適切な褥瘡管理を行い、本件褥瘡を悪化させないよう注意すべき義務の債務不履行及び注意義務違反があったと認めることができる。」
(横浜地裁平成24 年3 月23 日判決判例時報2160 号51 頁)(本件は、控訴後和解した。)


【解説】

1 はじめに


 褥瘡をめぐる裁判は、数は多くないが、従来、主として病院を舞台に争われてきた(高松高裁平成17年12月9日判決判例タイムズ1238号256頁、東京地裁八王子支部平成17年1月31日判決判例時報1920号86頁、横浜地裁平成14年7月16日判決判例タイムズ1189号285頁、東京地裁平成9年4月28日判決判例時報1628号49頁など)。褥瘡処置が医療行為であることから、「看護」事故の典型的な事案であったといえる。これに対し本件は、株式会社立の介護付き有料老人ホームの事案である。施設介護の「重度化」を象徴するものといえるかもしれない。

2 褥瘡管理と注意義務


 Aは、12月14日にH病院を退院した際、すでに本件褥瘡を生じていた。在宅療養を経て、同月29日本件施設に入所しているが、その折に本件褥瘡に関する情報は引き継がれ、本件施設の介護職員および看護師は、Aに対し、2時間ごとの体位変換、C医師から処方された経口薬の服用、創傷被覆・保護剤の貼付を行った。ところが1月10日以降、発熱など体調が悪化したため、S診療所の医師の指示のもと、看護師が解熱剤や抗生物質の投与などを行った。ただし、D医師が年明け始めての往診を行ったのは1月16日(Aの救急搬送当日)であった。同日、14日時点で4分の1(5p×5p)貼付されていた創傷被覆・保護剤が、1枚(10p×10p)貼付されており、D医師もこの保護剤を剥がさずに本件褥瘡を観察し、異常ないと判断した旨認定されている。D医師とのやり取りの後、家族が自らの意思でH病院に救急搬送した。
 本判決は、判旨2にあるように、契約条項を前提として、本件施設は「2時間ごとの体位変換による除圧、患部の洗浄等による清潔の保持その他の適切な褥瘡管理を行い、本件褥瘡を悪化させないよう注意すべき義務を負っていた」のに、仙骨部への便汚染が認められたこと、創傷被覆・保護剤の貼付面積が拡大したこと、看護師が本件褥瘡を医師に診せなかったこと等から、この注意義務違反(債務不履行)を認めた。仮に明文の契約条項がなくても、不法行為法上の注意義務違反が認められた事案であろう。より具体的にいえば、施設には、褥瘡管理にあたり、清潔保持義務、症状悪化の際の受診義務などが課されているとみることができる。また本件は、仮にAが1月16日以後も本件施設に入居し、さらに症状が悪化した場合、診察にあたったD医師の過失も問われかねない事案であった。

3 老齢年金の逸失利益性


 裁判所は、Yに合計2160万円余の損害賠償を命じたなかで、Aが平均余命生きていたならば受給できたであろう老齢年金相当額を、得べかりし利益(逸失利益)として賠償額に組み入れた(他には慰謝料や葬儀費用など)。すでに老齢年金(最高裁第3小法廷平成5年9月21日判決判例時報1476号120頁など)および障害年金(最高裁第2小法廷平成11年10月22日判決最高裁判所民事裁判例集53巻7号1211頁)の逸失利益性を認める一方、遺族年金(最高裁第3小法廷平成12年11月14日判決最高裁民事裁判例集54巻9号2683頁)の逸失利益性を否定する判例法理が確立しているものの、介護事故裁判例で請求される例はあまりみない。原告側代理人は留意すべきであろう。

4 医療との連携


 本件では、H病院経営の医療法人がX側の補助参加人となっている。このことは、裁判においてYが自ら過失を認めず、救急搬送後のH病院の治療の不適切さを主張したため、やむを得ずとった対抗措置であると推察される。
 Yのホームページは「看護スタッフが協力医療機関、薬局と連携し、日々しっかり見守らせていただきます……緊急の時にも各協力医療機関と連携して対応させていただきます」と謳っている。施設介護が重度化するなかで、看護体制や医療機関との連携の重要性が改めて浮き彫りになる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年4月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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