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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第18回:食堂への移動の際の転倒〜骨折事故と賠償責任E〜


事案の概要


 原告X(当時85 歳)は、平成21 年7 月30 日、長男であるC を介し、被告Y 株式会社との間で、Y の運営する介護付老人ホーム(本件施設。介護保険法に基づく指定を受けている)に同月31 日から体験入居し、Y に対し、1 泊あたり2 万2000 円を支払う旨の契約(本件契約)を締結した。
 同年8 月28 日午後5 時30 分頃、Y の従業員であるD は、本件施設の4 階の居室に入居していたX に対し、夕食に行く準備をするように声をかけた後、2 階の食堂で食事をとる入居者がX 以外に4 階フロアに3 名いたことから、これら他の入居者に対しても同じく夕食の準備のための声かけをするためにX の居室を離れた。X 以外の3 名はいずれも車いすの利用者であったことから、職員はX より先にこの3 名を4 階フロアのエレベーター前まで車いすを押して誘導し、その後、居室にいるX に対し、再度「行きますよ」との声かけをし、X には自力で歩行して4階フロアのエレベーター前に来てもらい、他の3 名とともに、職員が操作するエレベーターで2 階まで移動させ、2 階に降りた後は、再びX には自力で歩行して食堂まで移動してもらうというのが、通常の手順になっていた。
 ところがX は、D がX の居室から離れている間に、自力で居室から出たところで転倒し、右大腿骨骨折の傷害を負った(本件事故)。
 そこでX からY に対し、損害賠償を求めて訴えに及んだのが本件である。


判決             【請求棄却】


1 安全配慮義務
 「Y は、介護付老人ホームの事業者として、本件契約の性質上、本件施設の入居者であるX の身体に危険が生じないように注意すべき義務を負うものと認められる。
 したがって、Y において、X の歩行が不安定であり、X が転倒することを予見することが可能であったと認められる場合には、Y は、本件契約に基づく安全配慮義務として、X が転倒しないよう注意し、転倒を防止するための適切な措置をとるべき義務を負うことになるというべきである。」

2 X の転倒にかかる予見可能性
 「Y は、X及びその家族から、X の歩行が不安定であり、転倒する危険がある旨の申告は受けておらず、また、X が本件施設に入居するまで入院していた医療機関からも、X の歩行が不安定であり、転倒の危険がある旨の情報は受けていない。
 そして、認定のとおり、X は、本件施設に入居してから本件転倒事故発生に至るまで、本件施設内を職員の介助を受けずに自由に歩行して生活していたところ、その間、X が本件施設内で転倒していたことはない。
 上記事実に依れば、Y において、X の歩行が不安定であり、X が転倒することを予見することは困難であったというべきところ、本件全証拠によっても、Y において、X の歩行が不安定であり、X が転倒することを予見させるような事情が存在していたと認めることはできない。」
 「Y において、X の歩行が不安定であり、X が転倒することを予見することが可能であったと認めることはできないというべきである。
 以上によれば、Y が、本件契約に基づき、X の主張する安全配慮義務を負うと認めることはできない。」
(東京地裁平成24 年7 月11 日判決〔判例集未登載。TKC 文献番号25495924〕)


【解説】

1 はじめに


 本件は、有料老人ホームに体験入居中に転倒・骨折した事案である。転倒事故はすでに本連載で何度も取り上げており、本判決もそこに一事例を積み重ねるものであるが、原告の請求を棄却した最新裁判例として、歩行介護のあり方を考えるにあたって参考になるものと思われる。

2 安全配慮義務


 本判決は、判旨1において、特定の契約条項ではなく本件契約の「性質上」、Xが転倒することを予見することが可能であったと認められる場合、転倒しないよう注意し、転倒を防止するための適切な措置をとるべき安全配慮義務を負うとした。
 本判決もいうように、ここで問題となっているのは、Yにおいて、Xの歩行が不安定で、転倒することを予見することが可能であったか否かである。たとえXの歩行に何らかの不安定さがみられたとしても、Xが転倒することを予見すべきであったと認められない場合には、Yは、施設管理上の一般的な安全配慮義務(たとえば、トイレに入る際につまづきやすい段差を設けない、急な階段を自由に昇降できないよう柵を設けるなど)を負うのは当然としても、Xとの関係で個別具体的な安全配慮義務を負うものではないのである。
 本件では、施設管理上の一般的な安全配慮義務違反(施設構造上の瑕疵など)が問題にされているわけではない。そうすると、問題になるのは、Yにおいて、Xが転倒することを予見することが可能であったか否かである。単に、Xの歩行が不安定であることをYが認識していただけでは、安全配慮義務違反を認めるには足りない点に留意する必要がある。

3 転倒にかかる予見可能性


 判旨2にあるように、Yは、@XおよびCら家族からの情報、A本件施設入居前に入院していた医療機関からの情報、B本件施設入居後の生活状況を判断要素として勘案し、「Yにおいて、Xの歩行が不安定であり、Xが転倒することを予見することが可能であったと認めることはできない」と判示した。
 このうち以下では、@を中心に検討しておきたい。
 一般的にいえば、入所前における入所者および家族に対するモニタリング、情報収集が重要であることはいうまでもない。この点が不十分であったがゆえに、実際には転倒の危険があるのに認識できなかったとすれば、そのこと自体の過失ないし安全配慮義務違反を問われる可能性がある。
 本件では、本件施設への体験入居の申込をする際、Cは、Xの現在の状態について記入することを依頼され、来館アンケート用紙に、要介護度2の認定を受けていること、日常生活動作には「一部介助」が必要であるところ、具体的には着脱衣に「一部半身介助」が必要であること、食事は「自立」していること、入浴は「一部半身介助」が必要であること、移動は「時間を要すが自立」していることを記入して、これをYに提出したこと、またXおよびCら家族は、本件契約を締結する際、Yに対し、Xの歩行が不安定であり、転倒の危険がある旨を伝えていなかったことが認定されている。とくに移動について、「一部半身介助」という項目を選択せずに、あえて「時間を要すが自立」という項目を選択して記載したことにつき、裁判所は、「Yとしては、Xは、移動について介助が必要な状態にはなく、ゆっくりではあるが安定的な歩行が可能な状態にあると認識するのが通常である」と判示した。
 本件施設が有料老人ホーム(特定施設であると思われるが)ではなく、介護保険施設であれば、家族へのアンケート調査だけで状態像の把握が十分であると評価され得たかは微妙であろう。
 この点に関連して、本件で気になるのは、本件施設入所後の平成21年8月9日からXがデイサービスセンターのデイサービスを利用するようになったところ(Xは以前も同センターを利用していたようである)、同センター作成の書面によれば、Xの体力が完全に回復していなかったことから、転倒を防止するために、歩行時には補助を必要としており、デイサービスの送迎では従業員がXの歩行を介助して本件施設から出入りしていた旨の記載がなされている点である。ここから、Xは、「本件転倒事故発生時にXの歩行が不安定であったことは明らかであり、本件施設入所から1カ月もの間、YがXのこのような状態を知り得なかったなどということはあり得ない」旨主張した。本件が訴訟にまで発展した真の理由は、この点に対するXらのYに対する不信感にある可能性がある。
 この点につき本判決は、上記デイサービスセンターの作成したケース記録や書面に記載された情報はYに伝えられていなかったと認定した。ただし、こうしたXの歩行不安定にかかる情報が、なぜ施設間で共有されていなかったのかとの疑問は残る。本判決ではその際のキーパーソンであるはずの介護支援専門員の存在がまったく見えない(一切言及されていない)ことが問題である。もっとも本判決は、「上記デイサービスセンターの作成したケース記録や書面になされている記載から、直ちにXが本件施設内でふらつくなど、転倒事故の発生を予見させるような不安定な歩行をしていたと認めることはできない」とも判示している。転倒を防止するため、歩行時には補助を必要とするとのデイサービスセンター職員の認識を、本件施設が共有していなかったことをどうみるか(民間施設の介護レベルいかん)自体、問題ではあるが、本件で食堂に誘導するにあたっての「準備してお待ちください」といった声かけなどの態様自体に安全配慮義務違反を認めるのは、難しいといわざるを得ないように思われる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年9月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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