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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第24回:骨粗鬆症の利用者〜骨折事故と賠償責任G〜


事案の概要


 Xは、大正12年生まれの女性であり、平成12年9月頃、認知症のために後見開始の審判を受け、長女Bがその成年後見人に就任した。平成17年6月6日、XはY1(東京都M 区)との間で、Yから区立特別養護老人ホームS(本件介護施設)における短期入所生活介護サービスの提供を受ける旨の利用契約(本件契約)を締結し、同月に1回、同年7月に1 回、平成19年10月に1回、本件介護施設を利用した。なお本件介護施設の管理・運営は、指定管理者制度(地方自治法244 条の2)の下、委託管理契約に基づき、Y1から社会福祉法人Y2 に委託されている。
 Xは、本件事故当時、高度の骨粗鬆症の状態で、肩関節、股関節、膝関節などに拘縮があり、両膝の可動域はおおむね70度から90度であった。
 Xは、平成20年7月22日午後2時半頃、本件契約によるサービスを受けるため、Bに付き添われ本件介護施設を訪れ入所した。
 Xは、入所時にバイタルチェックを受け、午後3 時頃間食をとった後、居室においてY2職員Hの介助により車椅子からベッドに移された(本件移乗)。
 Hは、Xの家族がXの介護に関して細かな点まで注意を求めており、その対応に注意を必要とすると認識していたことから、バイタルチェック後、Bとの間で、Xの介助の方法について、移乗の際には脇から手を入れて胸を職員とくっつけるようにして行うべきことなどを確認した。
 Hは、本件移乗の際、車椅子に座っているXの正面に立って両脇から腕を入れ、胸と胸を密着させた体勢で、身体を抱え上げながらベッドに移した。その際、Xから痛みの訴えがあったが、これを見ていたBはとくにその場で移乗の方法に異議を唱えたり抗議をしたりすることはなかった。
 Xは、翌23 日、朝食を全量良好に摂取した後、Y2 職員がB と相談したうえで、入浴介助を受けたが、その際に痛みの訴えはなかった。X は、同日の昼食後、ベッドに移乗する際に痛みを訴えたものの、排泄介助時および夕食をとるための車椅子移乗時には痛みを訴えなかった。
 X は、同日午後5 時30 分頃に体熱感が生じたため、検温したところ38 度1 分であったことから、I 病院の救急外来へ救急車で搬送された。同病院での診断の結果、肺炎と診断され、呼吸器内科に入院したが、同月25 日に整形外科でレントゲン撮影が行われた際に右大腿骨の転子部骨折(本件骨折)が確認され、同月31 日、整形外科に転科した。
 X は、本件骨折について、平成21 年4 月22 日に症状固定と診断され、平成23 年8 月19 日にI 病院整形外科において右下肢機能障害による右股関節機能全廃と診断された。
 こうした事実関係の下、X からY1・Y2 に対し、本件骨折はH がX の身体を安全に保持すべき注意義務に違反したことにより生じたものであるとして、損害賠償を求めて訴えに及んだのが本件である。


《判決》              【請求棄却】


 「Xは、Hが、本件移乗の際、車椅子よりも低い位置に下げられた状態のベッドの足側に置いた車椅子から、Xの腕の両脇に自分の手を入れて同人を抱き上げ、そのまま後ろ向きにXの足を引きずるようにしながらベッドの頭側まで歩いて移動し、ベッドの上に立位の体勢で乗り、その後、Xの身体の向きを右回りに変えようとしたため、床についたままの状態であったXの右足がねじれたなどと主張し、Bはこれに沿う供述をする。」
 「Hは、本件移乗に先立って、Xの介助の方法についてBとの間で確認を行っていたこと、Hの身長は167センチメートル、Xの身長は約155センチメートルであり、本件移乗の際のベッドは、仮に高さを1番低く調節したとしても床上約35センチメートルの高さがあることに照らし、HがXの身体を引きずるようにしながら立位の体勢で前記ベッドの上に乗り、関節に拘縮のあるXの足が床についたままの状態で身体の向きを変えようとするのはXのみならずHにとっても負担が重く通常考え難い動作というべきである上、両膝の骨折歴を有する高齢者に対する移乗方法として危険であるから、その場にいたBが本件移乗の際に異議を唱えるなどの行動をしなかったことを踏まえれば、Bの前記供述は直ちに採用し難いといわざるを得ない。」
 「XがI病院の入院時である同年(平成20年―筆者注)7月23日に近接した時期に本件骨折を受傷したと認められるとしても、Xの当時の健康状態や骨折による腫脹が生じる程度や時期には個人差があること、体位の移動は本件介護施設での滞在中のみならず、その前後にもあったと考えられることなどに鑑みれば、Xが本件骨折を受傷した具体的な時期を特定するのは証拠上困難であるといわざるを得ない。」
 「以上のようなXの健康状態や直近の骨折歴に照らせば、通常の介護方法や日常的な生活動作によってもXが骨折する可能性を否定することはできないから、仮にXの本件骨折が本件介護施設に入所していた期間内に受傷していたものだとしても、本件の証拠関係に照らしてY2の過失を認めるのは困難であるというべきである。」
(東京地裁平成25年5月14日判決〔判例集未登載。TKC文献番号25514563〕)



【解説】

1 はじめに


 本件は、本連載で何度も取り上げた骨折の事案であるが、利用者が骨粗鬆症である点に事案としての特徴がある。ショートステイでの入所翌日の緊急入院である点も、本人および家族との信頼関係が十分構築できているとは言い難い点で、法的紛争になる要因であったようにみられる。

2 骨粗鬆症と骨折事故


 Xには、平成19年11月、更衣時に左上腕骨折を生じたほか、平成20年3月4日に自宅においてベッドから立ち上がろうとした際、床に尻餅をつき、両大腿骨顆上部を骨折したことが認定されている。またXの本件事故時の身体状態につき、I病院整形外科の主治医であるF医師の意見によれば、骨皮質がほとんど確認できないほど薄くなっており、いつ骨折してもおかしくない状態にあるため、軽微な外傷や日常の生活動作によっても骨折する可能性があったとされている。また同じくF医師によれば、本件骨折については、Xが平成20年7月23日に入院した当初から右大腿部に腫脹があったこと、移動の際に顔をしかめる様子があったことなどから、入院時にはすでに骨折しており、同時点から近接した時期(2、3日以内)に本件骨折を生じたとの意見も出されている。
 本件の争点は、第1に、Xがいつ骨折したのか、第2に、Y2入所中の骨折であるとして、それがY2職員の注意義務違反(過失)によるものか、である。入院後のケアに際しての骨折である可能性は、入院先であるI病院F医師の意見がそのまま採用され、裁判所により否定されている。このことは、裁判所の事実認定に際し、医師の意見がもつ重みを如実に示すものである。
 本判決は、第1の点につき、Xが本件骨折を受傷した具体的な時期を特定するのは証拠上困難であるとし、Y2入所中の骨折であるとの事実認定自体を行わなかった。この点ですでに本件での決着がついたことになるが、第2の点についても、仮にXの本件骨折が本件介護施設に入所していた期間内に受傷していたものだとしても、本件の証拠関係に照らしてY2の過失を認めるのは困難であると判示した。
 この第2の点に係る判示部分については、骨粗鬆症の利用者は軽微な外傷等によっても骨折する可能性があることから、施設側の注意義務が軽減されるとの趣旨ととらえるべきではない。そうした身体状態であるからこそ、介護専門職としての施設職員の注意義務の水準はむしろ引上げられるものと考える必要がある。本件でも、H職員は入所時、あらかじめ家族からXの介助方法について確認を行っており、実際、本件移乗の際にもそうした介助方法を実践し、それを現認していた家族も異議等を述べることがなかったとされているのである。

3 指定管理者制度と賠償責任


 本件は請求棄却の事案であり、裁判所は判断を示していないが、仮に注意義務違反が認められるとした場合、指定管理者制度の下で、賠償責任を負う主体が誰かが争点となり得る。設置管理に瑕疵がある場合(例えば、トイレの段差につまずいての転倒・骨折)であれば、Y1が責任を負うことになろうが(国家賠償法2条)、不適切なサービス提供が原因である場合、本来的な責任主体はY2であり、Y1は責任を負わないとの考え方も成り立ち得るところである(同法1条)。ただし、賠償資力を考えた場合、Y1にも責任を負わせることが望ましい。この点については必ずしも十分な理論的検討がなされておらず、今後の裁判例の蓄積が待たれる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成26年3月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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