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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第29回:訪問介護の際の転倒事故〜骨折事故と賠償責任H〜


事案の概要


 A(本件事故当時82 歳の女性。要介護状態区分5)は、平成22 年3 月2日、腎不全のため入院し、透析に必要な人工血管を体内に埋め込む手術を受けて約5 カ月間入院した後、同年8 月12 日退院した。同日、A はY(株式会社)との間で、その居宅において、入浴、排せつ、食事、移動移乗等の介護、調理、洗濯、掃除、買い物等の家事、車両への乗降の介護、生活等に関する相談および助言その他の日常生活上の援助を行うことを内容とする訪問介護契約(本件契約)を締結した。
 Y の被用者であるB 介護士は、同年10 月22 日午前9 時40 分頃、A に対し、人工透析のために自宅と医院との間を送迎する通院介助サービスを提供した。A は、その際、自室から玄関まで杖をつきながら自立歩行し、上がりかまち(玄関土間からの高さ約24cm)の上で立位のまま靴を履いた。その時、B は、玄関前に置かれたA を載せる車椅子が所定の位置とは異なる場所にあることに気づき、車いすを移動させるため、A に対し、そのままの体勢で待つように指示して玄関の外に出た。A は、右手を玄関脇の下駄箱の上に置いて上がりかまちの上に立っていたが、B が玄関の外で車いすを移動させている間に転倒し、玄関土間に転落した(本件事故)。A は、本件事故により左大腿骨頸部内側骨折の傷害を負い、同日以降、C 病院・D 病院・E 病院にそれぞれ入院し、平成23 年11 月1 日、症状固定の診断を受けた。
 以上の事実関係の下、A(平成24 年7 月に死亡)の相続人であるX からY に対し、債務不履行に基づく損害賠償の支払いを求めて訴えに及んだ。


《判決》              【請求一部認容】


「本件契約は、要介護状態にあるAに対して移動移乗等の日常生活上の種々の介助を行うことを内容とするものであるから、その性質上、Y は、A に対して、本件契約に基づき、Aの安全に配慮して介助すべき安全配慮義務を負っていたというべきである。」
 「B 介護士は、本件契約に基づく安全配慮義務の一内容として、上がりかまちに立っているA から目を離す際には、Aを一旦上がりかまちに座らせるとか、A の家族に一時的に介添えの代行を要請するなど、A が転倒することを防ぐために必要な措置を執る義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず、B 介護士は、A を上がりかまちに立たせたまま玄関の外に出てAから目を離し、何らAの転倒を防ぐ措置を講じなかったのであるから、Y には本件契約に基づく安全配慮義務違反があるというべきである。」
 裁判所は以上のように判示し、入院付添費・入院雑費・入院慰謝料・後遺障害慰謝料・弁護士費用として1726 万円余の請求を認容した。
(東京地裁平成25年10月25日判決〔判例集未登載。LEX/DB文献番号25515600〕)



【解説】

1 はじめに


 本件は、事案の少ない在宅介護の場面で発生した転倒・骨折事故の裁判例である。安全配慮義務違反を認めた一事例として位置づけられる。また損害額の認定をめぐっても注目すべき判断を示している。

2 安全配慮義務違反


 本判決は、上記〔判決〕で紹介したように、本件契約から安全配慮義務を導き出し、同義務違反の有無を判断している。
 同義務違反の結論を導くにあたり本判決は、「Aは、本件事故当時82歳と高齢であり、本件事故の約2カ月前まで入院生活を送っていたため脚力が低下し、本件事故当日も、杖を利用するとか、壁を支えにすることで自立歩行が可能となるにすぎず、杖などの支えがなければ自力で歩行できない状態であり、手すりや杖を利用すれば立位を保持することができたが、それも30秒から1分程度という短い時間にすぎなかったものである。また、自宅の玄関の上がりかまちは玄関土間からの高さが約24pであっことなどからすれば、前記のような状態のAが上がりかまちから玄関土間に転落すれば、重大な傷害を受ける危険性が高かった」と述べる。Aの歩行や立位保持の不安定性と、Bが待つように指示した場所の客観的にみた危険性を指摘している。
 次いで本判決は、「Yは、A本人およびXから、Aの状態を詳しく聴き取り、Aの歩行、立位時には転倒に注意し、常時見守りが必要である旨記載した介護計画手順書を作成していたことからすれば、B介護士は、Aが歩行時および立位時に転倒するおそれがあることを認識していたものといえる。これに加えて、B介護士は、本件事故に至るまでに、Aが自室から玄関まで杖を用いて自立歩行し、上がりかまちの上で立位のまま靴を履いたことも当然認識していたことからすれば、Aを上がりかまちの上に立たせたまま車いすを動かすためにその場を離れてAから目を離した場合、その場に戻るまでの間にAが転倒する蓋然性があり、Aが玄関土間に転落すれば重大な傷害を負うことを十分に予見することができたというべきである」と判示する。Yが事前に行ったAへのアセスメントを通して、BはAの転倒の危険性を主観的にも認識していたこと、またそうした現実的危険性があるAを上がりかまちの上で立たせたままBがAから目を離したことからして、転落事故による重大な傷害の発生についての予見可能性があった(安全配慮義務違反=過失があった)との法的評価を下したのである。
 本判決の論理からすると、Aに対するアセスメントによる状態把握をきちんと行ったことが、逆にYの安全配慮義務違反を導いたようにも読めるかもしれない。しかし、アセスメントをきちんと行わなかったことが事故につながったとすれば、逆にそのこと自体が安全配慮義務違反を基礎づける事情となる。介護事故の回避という側面だけでなく、事故発生後の原因究明(による紛争の回避と再発防止)という意味でも、利用者の適時適切な状態把握は不可欠である。
 本判決では、本件事故後のAの発言(「余計なことをしてころんだ、やらなければ良かった」など)の有無が争点となっている。本件事故後のY内部の事故レポート、自治体への事故報告書、裁判での証人尋問での発言など、Bらの供述が一貫していないことが読み取れる。事業者としては、事故後、職員等の記憶が鮮明なうちに徹底的に事実の究明にあたり、記録にとどめておくことが求められよう。このことは、安全配慮義務違反にかかる本判決の判示部分とともに、在宅介護のみならず、施設介護の場面においても大いに参考となる。

3 損害額の算定


 本判決で特徴的なのは、骨折事故の事案で比較的高額な損害額が認められ、その約3分の2を後遺障害慰謝料(1180万円)が占めている点である。この費目は、自動車損害賠償保険法施行令別表第2の後遺障害等級表に照らして算定された(6級)。本件では、本件事故前にAが負っていた障害(膝を人工関節に置換し、可動域に制限があった。後遺障害等級表10級10号相当)との差額分を損害と捉えるか(Yの主張)、等級表6級に該当する障害相当分すべてを損害と捉えるか(Xの主張)が争点となり、裁判所は後者を支持した。しかし、そもそも自動車の運行という危険を伴う活動から被害者の保護を図ることをねらいとした自賠責保険の保障基準を、要介護者の生活を支えるサービスの提供にあたっての事故責任に際しての賠償にそのまま当てはめること自体、大いに違和感を覚える。Y側としては、X側が設定した土俵(後遺障害等級表)に乗る以前に、事故を生ぜしめた活動(生活援助サービスの提供)の本質にまで遡った主張立証を行うことで、損害額の認定にかかる異なった評価につながった可能性があるように思われる。
 なお本件では、「AがB介護士の指示に反して自らの判断で動いたとは認められない」として、Yによる過失相殺の主張が認められなかった。仮に、認知症でもなく、自らの判断で動いた等の事情があれば、損害額の割合的減額が図られることもあり得る。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年1月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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