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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第30回:施設による利用契約解除〜利用者間の暴行と賠償責任〜


事案の概要


 X(原告。昭和52 年生まれ)は、幼少期から知的障害(総合判定A)および四肢機能障害(2 級)を有する女性である。
 X は、X を「利用者」、X の父C を「保護者または代理人」として、指定障害者支援施設を設置・運営する社会福祉法人Y(被告)との間で、平成17 年ごろ、障害者短期入所サービス利用契約(本件契約)を締結し、1 年ごとに更新してきたが、平成24 年2 月の更新を最後に、更新手続きがなされていない。
 X は、平成24 年4 月27 日午後3 時30 分頃、本件施設の女子棟内において、他の利用者E から胸部を蹴られ、コンクリートブロックの壁で後頭部を強打して、後頭部打撲の傷害を負った(本件事故)。
 Y は、X の両親C およびD に対し、平成24 年5 月5 日、本件施設の利用日を午後は毎日ではなく、入所者の作業のない土曜日と日曜日に限定するように求め、話し合いをした。
 Y は、X に対し、平成24 年5 月14 日頃、Y 代理人弁護士を通じて、Y の施設職員がC から、上記話し合いの場で恫喝され、同日以降、誹謗中傷されたことにより、C およびXとの間の信頼関係が完全に破壊されたとして、本件契約8 条3 項A(「Y は、利用者がYやサービス従業者または他の利用者に対して本件契約を継続しがたいほどの重大な背信行為を行った場合、利用者に対し、30 日間の予告期間をおいて文書で通知することにより、本件契約を解除することができる。」)の解除事由に基づき、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
 これに対し、X は、Y に対し、同月23 日、X 代理人弁護士を通じて、上記解除の効力は認められない旨を主張し、引き続き本件契約に基づくサービスの提供を求めた。X は、平成24 年6 月1 日以降、本件施設を利用できていない。
 こうした経緯の下、X からY に対し、@本件契約の解除につき、契約上の利用者としての地位にあることの確認および損害賠償を求めるとともに、A本件事故につき、損害賠償を求めたのが本件である。


《判決》              【請求一部認容】


1 契約解除の有効性
 「確かに、C は、Y との平成24 年5 月5 日の話し合いの場で、机を叩き、大声をあげるなど、不穏当な言動をした場面があった。
 しかし、C がY の施設職員に対してこのような言動に及んだのは、X が本件施設を利用してから12 年間で、この1 回のほかにない。しかも、C がこのような言動に至ったのは、本来、本件事故の被害者であるはずのX が、Y の一方的な判断により、本件施設の利用を土曜日と日曜日のみに制限され、当日、1 時間45 分もの長時間の話し合いを経ても、Y が何ら譲歩の余地も見せずに、結論ありきとして話し合いを打ち切ろうとしたところにある。そのことは、Y において、X の両親に対する事前の協議もないまま、話し合いに先立ってX に対する利用制限をa 市役所に報告し、これを既成事実としていたことからも窺われる。」「このような従前の経緯や当日のY の対応に照らすならば、C が、上記のような不穏当な言動に及んだとしても、真にやむを得ないとみるべき側面があり、これを重大な背信行為であると評価するにはなお十分ではないというべきである。」
 「以上によれば、本件契約の解除事由がないから、解除の効力を認めることはできない。」

2 安全配慮義務違反
 「本件事故当時、E は、デイルームからトイレの方向に向かって歩き出した当初は、何ら暴力的行為におよぶ兆候を示していなかった。その後、突如として、Xに暴力を振るったというのである。本件事故は、まさに突発的で予期することができない事故であったというべきである。このような状況の下では、Y の施設職員としては、……本件事故を予見することは困難であり、加害者の動静を注視していたとしても、本件事故を避けることができなかったということができる。したがって、Y に安全配慮義務違反を認めることはできない。」
 以上のように判示し、裁判所は、サービス利用契約上の利用者たる地位にあることの確認と、利用拒否に係る慰謝料等28万円余の限りでXの請求を認容した(大阪地裁堺支部平成26 年5 月8 日判決〔判例時報2231号68 頁〕)。



【解説】

1 はじめに


 本件は、指定障害者支援施設での利用者間の暴行事故を契機とするトラブルをめぐって提起された訴訟である。安全配慮義務に係る判示のみならず、施設側からの利用契約解除が争われたという意味でも興味深い事案であるため、今回紹介することにした。

2 施設側からの契約解除


 本件では、本件事故に係る施設側との話し合いの席でのCの不穏等な言動や、その後、Dが施設職員に対し、人権侵害、名誉棄損で裁判に訴えるなどと述べたことが、信頼関係を破壊する「重大な背信行為」にあたるかが争われた。その前提問題として、そもそも本件契約条項が「利用者」による「重大な背信行為」を契約終了事由としていることとの関連で、Cらの「利用者」該当性が争点となる余地がある。しかし、本判決はこの点をとくに問題とせず、Cらの言動等が「重大な背信行為」であるとは評価できない旨判示した。Cらの「利用者」該当性を当然の前提としているものとみられる。
 Yは、1年更新である本件契約が期間満了により終了したとも主張している。これに対し本判決は、「Y側から一方的にその施設において福祉サービスの利用を受けることができなくさせるような更新拒絶を安易に認めるのは相当ではない。Yが本件契約の更新を拒絶するためには、更新を拒絶する正当な理由が必要であると解すべきである(「指定障害者支援施設等の人員、設備及び運営に関する基準」〔平成18年9月29日厚生労働省令172号〕9条参照)。」「Yには、本件契約の更新を拒絶し得るような正当な理由は見当たらない。」として、Yの主張を排斥し、Xの本件契約上の利用者たる地位を認めた。
 利用者本人というより、要求の激しい家族等への対応に窮する事態は、介護施設等でも同様に生じていよう。上記判示部分が示唆するように、人員・設備・運営基準等において(たとえば「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」4条の2など)、「正当な理由なくサービスの提供を拒んではならない」とされていることとの関連で、契約の解釈にあたっても、この「正当な理由」の有無が、契約解除や更新拒否の適否を判断するに際して問われることになる。
 本件は、Yが本件事故の「被害者」であるXへのサービス提供を制限しようとしたことに端を発する紛争である。Cらの対応にもやむを得ない面があり、本判決の結論は妥当であると思われる。

3 安全配慮義務違反


 本件事故に係るYの安全配慮義務違反につき、本判決で紹介したように判示し、これを否定した。
 このほか本判決は、Eの暴行の多くは職員に対する重篤でないものであったこと、20人を超える知的障害者を4人の施設職員で対応しなければならない体制にあったこと、E以外にも暴力的行為におよぶ可能性ある利用者が3人いた状況下にあって、「加害者が暴力的行為におよぶ具体的な危険も兆候もない段階から、加害者に常に付き添い、突発的な暴力的行為を未然に防ぐことを求めるとなると、Yに対し、過剰な負担を課すことにな」り、「Yのような規模や人員の障害者施設における障害者支援の実態に沿わず相当でない」旨判示し、常時の付き添い義務を否定した。また本件事故のような突発的な事故を念頭において壁に緩衝材を備えなければならないとのXの主張に対しても、「本件施設を利用するに当たって怪我を負う可能性のあるすべての場面を想定して、Xだけのために設備を整え」ることは、非営利の社会福祉法人であるYの施設の運営上、経営上不可能を強いることになるとし、主張を採用しなかった。
 施設側の安全配慮義務の程度は、一般的には人員体制や財政面の制約との兼ね合いで決まってくる側面がある。その意味で、裁判所の判断は妥当であろう。ただし本判決も、事故発生の危険が切迫しており、施設側もこのことを十分認識し得べき状況であるような場合、施設側に特別な対応が求められることを否定するものではない点に留意してほしい。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年3月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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