被災福祉施設復興事例紹介
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〜 福島県 郡山市 〜

公益財団法人湯浅報恩会

「公益財団法人湯浅報恩会」の復興事例紹介

取材日 平成27年12月4日
東日本大震災により、半壊以上の建物23,758棟といった被害を受けた福島県郡山市(出典:郡山市ホームページ)。その郡山市で地域医療を支える「公益財団法人湯浅報恩会」を取材しました。

施設所在地地図




郡山で100年以上の歴史のある公益財団法人湯浅報恩会


 公益財団法人湯浅報恩会は、1887年、山口出身の初代院長が郡山に医院を開業したのがはじまりで、1951年に福島県初の医療法人(財団)を設立、2013年には現在の公益財団法人湯浅報恩会となりました。
 現在は急性期病院である寿泉堂綜合病院を核に、慢性期とリハビリテーションに特化した寿泉堂香久山病院、健診センターと透析センターからなる寿泉堂クリニック等を運営しています。
 今回訪問した寿泉堂綜合病院は震災直前の2011年2月、郡山駅前地区の再開発に合わせ現在の場所に移転していて、病床数は一般305床です。寿泉堂香久山病院は2016年の夏に増改築工事が完成予定で、病床数は250床(一般51床・医療療養101床・介護療養47床・回復期リハビリテーション51床)です。

▲ 寿泉堂綜合病院外観

それぞれの病院の震災時の対応


 寿泉堂綜合病院は、震災の約40日前に完成したこともあり、震災の被害はさほど受けませんでした。被害は壁にひびが入ったほか、地中埋設配管にずれが生じた程度だったそうです。
 震災の当日は救急搬送が60件くらいありましたが、予想に反し、地震により直接負傷した患者はほとんどいませんでした。職員にも震災によるけが人はいなかったとのことです。
 ただ、近隣に開設している寿泉堂クリニックの透析のための水が不足したことが一番困った点でした。水を探し求めて、旧病院の地下水を使おうかと検討しましたが断念し、水道局からの給水車を要請しで対応しました。
 被災後は余震が続いたためエレベーターを使用せずに、救急の入院・外来患者は2・3階の低層階にある中央処置室やリハビリ室に収容して一夜を明かしました。どうしても上層階の病棟に入院させる必要がある患者は、職員が協力し車椅子のまま階段で運びました。
食料の備蓄は3日間準備していましたが、スタッフの食事は看護部長の実家から農作物を持ってくるなど職員全員で対応しました。幸いなことに、診療材料に被害はありませんでした。
 空き家となっていた旧病院の建物は上層階に大きな被害を受けたので、もし震災直前に新病院への移転を完了していなかったら、被害は甚大なものになっていたと思われます。
 寿泉堂香久山病院においては、震災時に水道及びガスの供給が停止しました。建物には多数の亀裂が生じ、水道管も破断して大量の水が病棟内に漏れだし、余震も頻発していたため一部の患者を比較的被害の少ない病棟とリハビリセンターに移動しました。
 電気は2系統からの供給でしたので、漏電による部分的な停電はあったものの支障をきたすことはありませんでした。
 診療材料や資材はおおむね確保できたため外来診療は翌日から対応できましたが、入院の受け入れに関しては一部の病棟を除き、一時ストップさせました。

▲ 震災時のひび割れが残る裏口階段 ▲ 寿泉堂香久山病院の完成予定の模型

震災の教訓を活かし様々な対応を行う


 寿泉堂綜合病院において震災後に変えたこととしては、防災マニュアルがほとんど火災のみを想定した内容となっていため、震災発生時にも速やかな初動体制が取れるよう内容を追記し、担当者欄には部署・役職名だけでなく、担当者の個人名まで明記し当事者意識を持たせるようにしています。
 また、今回の震災の対応で最も苦労した、透析等に必要な水の備蓄量を大幅に増やしました。
 寿泉堂香久山病院においては、震災後に被災病棟の補修はしたものの、耐震構造ではなかったため、耐震化のための補強工事を行うか、建て替えを行うかで悩みましたが、将来の地域ニーズに応えられる施設及び設備でなければならないとの判断から、建て替えを選択しました。
 水に関しては当初備蓄を3日間に設定しましたが、実際は生活排水に思ったより水を使ったため2日も持ちませんでした。そのため、震災後は豊富な地下水を活用して生活排水等に使用するよう備蓄しています。
 また、病室の収納家具も背の高いタイプから低いタイプに全面的に切り替えました。電気に関しても不安がないように、自家発電をもう一機導入する計画を立てています。病院内にあった既存の茶室は、震災前に在宅復帰訓練室に改造していたので、震災により帰宅困難となった職員の宿泊室として使うことができました。
 今回の建て替えで重視した点は、耐震設計はもちろんですが、新病棟と既存建物を明確に機能分化したことです。新病棟を医療ゾーン、既存建物は介護福祉ゾーンと位置付けました。食事に関しては厨房を最新設備に一新して一層の充実を図り、自前での運営を継続する方針です。また、透析医療を新たに導入する予定です。


人材確保に対する震災・原発事故の影響


 寿泉堂綜合病院では、原発事故の影響等による退職者はほとんど出ませんでしたが、一部に常勤の医師が不在となってしまった診療科がありました。しかし、最近になってリウマチ膠原病科の医師が確保できたほか、いったん家族と仙台に離れていた医師も復帰しています。
 看護師の採用は、震災後も比較的順調です。紹介業者を使わなくても先輩からの口コミ等により地元大学・看護学校の卒業生を安定的に採用できており、また、病院が看護実習の施設となっていることも採用に結び付いています。取材当日も10名の看護学生が実習中でした。

▲ 建設中の寿泉堂香久山病院の新病棟

これからも郡山の地域医療を支えていく


 寿泉堂綜合病院は、24階建てのビルの11階までが病院、12階より上層のフロアは分譲マンションになっている複合ビルで、病院と住居が一体化された全国的にも珍しい住居併設型の病院となっています。駅前という好立地に加えて、住まいの真下に病院があり、「安心して暮らせるまちづくり」の一つのモデルにもなっていると感じました。
 また寿泉堂香久山病院に関しては、所々にひび割れもあり震災の影響が見てとれましたが、新棟の建設が順調に進んでいるからか、職員にも活気が感じられました。
 いずれの病院も震災後にマニュアルの見直しや訓練を徹底していて、さらに万全な体制で対応していることがうかがえ、今後も郡山の地域医療を支えていく病院であると感じました。


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法人名 公益財団法人湯浅報恩会 代表者 湯浅 大郎 氏
法人施設 寿泉堂綜合病院、寿泉堂香久山病院
施設所在地 福島県郡山市駅前1-8-16(寿泉堂綜合病院)
福島県郡山市香久池1-18-11(寿泉堂香久山病院)
法人設立時期 昭和26年
施設設立移転時期 平成23年(寿泉堂綜合病院)
昭和33年(寿泉堂香久山病院)
URL http://www.jusendo.or.jp/

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