サービス取組み事例紹介
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大阪府 社会福祉法人 素王会

ビジネスエキスパートとの連携でアーティストを世界へ輩出 アトリエ インカーブ

企業との連携や、ユニークな事業を取り上げ、他にはない先進的な事業を展開する事例を紹介します。

インタビュー風景(動画)




アートとデザインの指定生活介護事業所


版画を制作するアーティストたち

 大阪市平野区、奈良県から大阪府を抜け大阪湾に流れ込む大和川の川辺に、モノトーンを基調としたスタイリッシュなアートスタジオがあります。社会福祉法人 素王会(そおうかい)が運営する「アトリエ インカーブ」は、日本でもめずらしいアートとデザイン分野に特化した指定生活介護事業所です。
 建築やインテリア関係の設計・デザインの仕事をしている理事長の今中博之さんが、「絵を描くのが好きだけれど、学校から紹介される仕事は単純作業しかない」という悩みを抱えていた知的に障害のある人と出会ったことをきっかけに、会社勤めをしながら無認可作業所を立ち上げたのが「アトリエ インカーブ」のはじまりです。
 障害のある人の中には、絵を描くのが得意だったり、紙を切ったり、貼ったりするのが好きな人たちが数多くいますが、彼らが創る作品は、バザーなどで安価で販売されたり、展示設備が整わない場所で披露されるに留まっているのが現状です。
 しかし、「アトリエ インカーブ」の利用者(以下:アーティスト)たちが創る作品は、障害のある人がつくる作品としてではなく、現代美術として高い評価を受けています。サントリーミュージアム[天保山]で特別展示されたこともあります。職員(以下:スタッフ)のデザインによってブックカバー(2,400円)やブロックパズル(15,500円)等に商品化され、東京のAXIS(アクシス)をはじめ、原美術館、国立新美術館といった有名美術館のミュージアムショップでも販売されています。


ニューヨークで脚光を浴びる


鉄骨図面をドローイングするアーティスト

 「アトリエ インカーブ」の“アーティスト”たちの作品は、初めから現代美術として高い評価を受けたわけではありません。日本では「障害のある人」ということが強調され、作品の芸術性よりも彼らの障害ばかりに焦点があたりがちです。「アトリエ インカーブ」の“アーティスト”の作品も同様でした。
 それでも彼らの作品をアートとして広めたいと考えていた「アトリエ インカーブ」の転機は、2005年1月に訪れます。
 アートの本場であるニューヨークのギャラリーに彼らの作品をCD−ROM(CDロム)にして送付したところ、最大手のフィリス・カインド・ギャラリーが「アトリエ インカーブ」と契約を結びたいと申し入れてきたのです。
 オリジナリティに溢れた彼らの作品がフィリス・カインド女史に認められたことで、「アトリエ インカーブ」の道は大きくひらけていきました。フィリス・カインド・ギャラリーで紹介された彼らの作品は、ニューヨークをはじめ海外で高く評価され、ニューヨークタイムズ誌の記事にも取り上げられました。当初、数万円だった作品の価格も、今では数十万円の値が付けられ、中には200万円以上の値がつく作品も出てきたのです。


指導ゼロ、管理ゼロ、が独創性の高い作品を生み出す


色を付け作品を仕上げるアーティスト

 “アーティスト”は、大胆なフォルムや色遣いで、絵画、造形、陶芸、版画など独創的な作品を創作していきます。
 その“アーティスト”を支える「アトリエ インカーブ」のスタッフも、福祉の専門家ではなく、建築家やグラフィックデザイナー等、デザインやアートの専門家として社会に出た経験を持つ人ばかりです。
 専門家である彼らは、“アーティスト”の芸術的才能をどのように引き出しているのでしょうか?
 その答えは、意外にも「創作に関する指導・教育を一切おこなわない」(アトリエ インカーブ チーフディレクター 神谷梢氏)というものでした。
 「アトリエ インカーブ」には、造形、陶芸、版画など日替わりのプログラムこそ用意されていますが、“アーティスト”の創作活動を管理したり、強制したりすることはありません。
 私が取材に訪れた日は、版画制作のプログラムが用意されていたものの、“アーティスト”の多くはそれぞれのペースで絵画や造形など思い思いの創作活動に打ち込んでいました。また、版画に取り組んでいる数人に対しても、スタッフは傍にいるだけで技術指導を行うことはありません。「彼らは正規の美術教育や技術的訓練を受けていないからこそオリジナリティ溢れる作品をつくり出せるわけで、芸術・デザインの教育を受けた職員が手や口を出すとオリジナリティが失われてしまう」のだそうです。
 独創性の高い作品は、束縛や管理のない自由な環境で、心の底から“描きたい”“創りたい”と思い、自分が思うままに自由にアウトプットした時に生み出されるのでしょう。


ブランドイメージに合った商品開発と販路開拓


熱心に描くアーティスト

 「アトリエ インカーブ」のスタッフの役割は、“アーティスト”が創作活動に打ち込める環境を整えること、そして、“アーティスト”が創作する作品の出展戦略を考えること、作品の特長を活かしながらTシャツやブロックパズル等をデザイン、商品化し、販路を開拓していくことです。
 質の高い作品をつくっても、“障害のある人の作品”ということばかり強調され、アートとして評価されなくなる危険性があります。したがって、彼らは「アトリエ インカーブ」と“アーティスト”のブランドイメージを大切にしながら商品を開発し、ただ単にショップに置けばいいという考えはなく、文化を発信しているミュージアムのショップでグッズを販売する等、慎重に販路を選定していきます。
 これらの商品開発は、デザインやアートの専門家だからできることで、プロとしての社会経験があるから、人的ネットワークの構築を含めて適切な販路を開拓していけるのです。
 このように「アトリエ インカーブ」は、“アーティスト”がオリジナリティ溢れる作品をつくり、スタッフが彼らの作品を最も良い方法で発信し、社会で評価を得るための活動を行う、という明確な役割分担が出来ています。美術教育を受けてしまったデザインやアートのプロであるスタッフには独創的な作品はつくれないし、知的に障害のある“アーティスト”には自分自身の作品を社会に広めていくことは難しい。“アーティスト”と“スタッフ”の双方がお互いになくてはならない存在という相互補完関係が成り立っているのです。


プロデューサーとビジネスエキスパートの必要性


休憩時間には卓球大会で盛り上がる

 「アトリエ インカーブ」は金沢美術工芸大学と地域連携協定を結び、同大学に“アーティスト”を非常勤講師として派遣しています。“アーティスト”は学生たちの前で、講義をするのではなく、ライブで作品を創作してみせるのだそうです。“アーティスト”は、言葉で伝えることは困難でも、創作に打ち込む姿勢を見せることで、学生たちに何かを感じさせるのだそうです。知的に障害のある人が大学の非常勤講師になるのは国内でも初めてのケースで、障害のある人の新しい働き方を探る上でも、彼らを理解し尊重する人材を育成する上でも大変意義のある取り組みと言えるでしょう。
 取材を通して感じたことは、「アトリエ インカーブ」が個々の才能や個々の専門性を、それらが“必要とされる場所”や“活かせる場面”で活用するというプロデュース能力に長けている点です。
 アートを受け入れる土壌が育っていなかった日本国内で広める前にアートが成熟しているニューヨークで花開かせる、障害のある“アーティスト”を国公立の芸大に非常勤講師として派遣しライブ講義という活躍の場を用意する、福祉の専門家ではなくデザインやアートの専門家をスタッフに雇用し商品開発や販路開拓で活躍してもらう等、個々の才能や経験を活かしきる見事なプロデュースが光ります。
 芸術分野という特殊性に目が行きがちですが、今回の事例は、どんな分野であったとしても、その分野のビジネスエキスパートの活用やプロデュース能力に長けた人材の必要性を示唆してくれています。福祉の世界にプロデュース能力に長けた人材や専門性をもった人材がもっともっと参画するようになれば、個々の才能を活かし、様々な職種や業種への就労の可能性が広がっていくに違いありません。


取材日 : 平成20年3月

今回のポイント


@ 障害のある人が創る芸術として売り出すのではなく、一人ひとりをアーティストとして売り出している
A 「アトリエ インカーブ」およびアーティスト一人ひとりのブランドイメージを大切にし、ブランド価値を高める販路を選択している
B 個々の才能や経験を活かしきるプロデュース能力に長けている


経営コンサルタント 石田 和之

施設概要


施設名アトリエ インカーブ
設置者名社会福祉法人 素王会
所在地大阪市平野区瓜破南1-1‐18
電話番号06-6707-0165
代表者理事長 今中 博之 氏
施設種類指定生活介護事業所
障害種別知的障害
開所時期平成14年
利用者数定員20名 契約24名
職員数常勤8名 非常勤6名 計14名
FAX06-6707-0175
連絡担当者スタジオマネージャー 林 智樹 氏
事業内容アートスタジオ
平均工賃月額18,750円(概算)
URLhttp://incurve.jp/top.html

平成21年9月現在

事業所コメント


アーティストたちは日々穏やかな環境で作品制作に取り組んでいます。2010年2月には静岡県の浜松市美術館、2011年にはニューヨーク・ジャパン・ソサエティでの展覧会が決定しています。