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連載コラム

介護技術の基本

家庭で介護を行っている方から、「(介護を受ける方に)動いてもらう、または動かすのに一苦労」という声をよく耳にします。特に、体の大きな方を無理に動かそうとすると、自分の体に負担がかかるばかりか、介護を受ける方にも余計な負担を強いることになります。
そうならないためにも、体のメカニズムを理解し、正しい介護技術を身につけたいものです。そこで、本連載では、人の体の動きに合わせた介護技術の基本を紹介します。ぜひ、介護を行う際に参考にしてみて下さい。

第8回 歩行

歩行とは

これまで、起き上がりから立位を保持するまでの一連の流れを解説してきました。今回は歩行について、重心、支持基底面、圧中心点の視点で解説します。
第1回「重力と姿勢」で、人は進化の過程で歩行を獲得し、現在の生活スタイルを確立したことを述べました。いわば歩行は、重力という大きな課題との戦いに勝利して得た産物であり、歩行能力を維持することは人にとって最も重要なことであるといっても過言ではありません。
正常な歩行では、圧中心点が左右の足部を移動しながら前方に移動します。図1を用いて、右足から歩行を開始する場合を例に考えてみましょう。


図1 歩行(右足から出す場合)

歩行(右足から出す場合)

簡単に説明すると、まず立位保持から歩行を開始するには、上半身を曲げたり、手をふったり、かかとを浮かしたりして、圧中心点を支持基底面の前方に移動させる必要があります(@)。次に右足が浮くと、圧中心点が左足に移動し片足立ちになります。そのため、小さな支持基底面の中に圧中心点を収める必要が出てきます(A)。
さらに、前方に移動している圧中心点を支持基底面に収めるために、新しい支持基底面が必要になります。右足を着くことにより、新しい支持基底面が生まれます(B)。圧中心点が右足の踵から足部を通り、第2趾に移動し次に左足に移動します。この繰り返しが歩行です。


一本杖歩行

片まひや筋力低下、痛みなどがあると、圧中心点が良い足側に偏っていて、悪い側にうまく移動できず、十分に体重を支えることができません。そのため、杖や歩行器などの力を借りて支持基底面を広くする必要があります。
一本杖歩行の場合は、杖は良いほうに持ちます。その理由は何でしょう。良い足を前に出すときは、悪い足と杖で作られる支持基底面の中に圧中心点があります(図2)。良い側に杖を持つと、支持基底面が広がり安定感が増すと同時に、左右に広い支持基底面であるため、悪い足の痛みや筋力に応じて圧中心点の位置を左右に調整し歩行することができるからです。また、悪い足を前に出すときは、悪い足をつくのと同時に杖で支えることができ、これにより、悪い足を前に出す際の痛みを軽減できたり、バランスよく悪い足を前に出すことができるからです。


図2 一本杖歩行の原理

一本杖歩行の原理

なお、歩行介助する場合は、一般的に悪い側につきます。対象者の状態や導きたい動きによっては、前方や後方につく場合もあります。
歩行介助する場合、介助者の立つ位置や介助する場所が、対象者の支持基底面や重心の移動それに伴う圧中心点の変化に影響を及ぼします。これらを考慮すると、その場面に応じた適切な介助ができます。

執筆:野尻晋一(介護老人保健施設清雅苑 副施設長、理学療法士)、大久保智明(訪問リハビリテーションセンター清雅苑 主任、理学療法士)

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