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【熊本県】

病院支援や患者移送 熊本豪雨でDMATが存在感 災害頻発で業務多様化

熊本日日新聞 2020年9月10日(木)
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DMATの活動拠点本部で、被災した県南の医療機関に対する人的支援などを調整する熊本DMATのメンバーら=7月6日、八代市の熊本労災病院

 9日は「救急の日」。救命救急医療の最前線に立つ医師たちは、災害発生時には現場で多種多様な業務に当たる。7月の豪雨災害では、熊本県内外から参集した医師らでつくる災害派遣医療チーム(DMAT)が、被災医療機関の支援などに奔走。全国的に大規模災害が頻発する中、災害医療のスペシャリストらの存在意義はさらに高まっている。

 「県南地域の豪雨災害に伴い、DMATの派遣を検討しています」。国立病院機構熊本医療センターの救命救急医・山田周医師(40)に県医療政策課から連絡が入ったのは、7月4日の午前8時46分。既に人吉市や球磨村、八代市坂本町、芦北町などで大規模な浸水被害や土砂崩れが発生し、多くの人命が危機にさらされていた。

 山田医師と看護師2人、業務調整員1人のDMAT第1陣4人は、翌5日午前8時には八代市の熊本労災病院に到着。DMATの活動拠点本部立ち上げに奔走した。

 同じころ、熊本医療センターの救命救急センター長、原田正公[まさひろ]医師(42)は災害医療コーディネーターとして県庁のDMAT調整本部に入った。熊本赤十字病院や、済生会熊本病院、熊本大学病院などからもコーディネーターが参集しており、被災地の情報収集に当たった。

 しかし、現地の通信状況は悪く、孤立集落も続発。被害の全容把握は困難を極めた。球磨村では孤立集落に取り残された透析患者をヘリで移送する計画を立てたものの、悪天候に度々阻まれた。「今日やるべきことができないもどかしさがあった」と原田医師は話す。

 国がDMATの養成を始めたのは2005年。阪神大震災で、平時の救急医療が提供されていれば助かったとされる「防ぎ得た災害死」が約500人に上ったとの指摘がきっかけだった。災害医療に関する専門的な訓練や研修を受けた医師や看護師らで構成。大規模災害や多数の死傷者を伴う大事故が発生した際に、重症者の救命治療などに当たる。熊本DMATは10年に発足した。

 災害医療コーディネーターとして県の調整本部に入った熊本大病院災害医療教育研究センター長の笠岡俊志教授(59)によると、DMATは7月21日までに113チーム518人が県内で活動。被災した医療機関への医療支援に加え、避難所の医療ニーズの把握や孤立集落からの患者移送、新型コロナウイルス対策に必要な衛生用品の確保など、多岐にわたる業務をこなした。

 人吉市内を中心に30の医療機関が浸水被害を受けた今回の災害について、原田医師は「入院患者がいる被災医療機関に対する人的支援と、慢性疾患のある患者の継続診療が大きな課題だった」と振り返った。

 被災地にはDMATのほか日本医師会のJMATや日赤救護班、国立病院機構なども入り、現場の医療資源が途切れないよう調整されたという。

 笠岡教授は「風水害や地震など大災害が毎年のように発生し、DMATの出動機会が増えている」と指摘する。「養成開始から15年が経過しており、今後は若い世代の養成に力を入れる必要がある。研修項目に水害やコロナを含む感染症への対応を盛り込むなど、状況の変化に対応できる技能の習得と維持にも努めなければならない」(福井一基)