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【熊本県】

困窮する母子に目を向けて 「こうのとりのゆりかご」開設13年

熊本日日新聞 2020年5月12日(火)
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◇はすだ・たけし 1966年生まれ、熊本市出身。九州大医学部卒。同大付属病院などを経て2002年から慈恵病院勤務。15年から現職。

 親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」が、10日で開設13年を迎えた。2018年度までに預けられた子どもは144人。運営する慈恵病院(熊本市西区)は、困窮する母子を救う新たな取り組みも始めている。蓮田健副院長は「今の社会のシステムでは救えない人々がいる。そこに目を向けねばならない」と訴え続ける。

 18年度のゆりかごへの預け入れは7人。過去最少だった16年度の5人に次いで2番目に少なく、預け入れは減少傾向にある。県内からの預け入れは2年連続で確認されなかった。蓮田副院長は「県内は相談窓口の存在が周知され、ゆりかごの利用を思いとどまる親が増えたのでは」とみる。実際、19年度上半期に慈恵病院へ寄せられた妊娠・出産の悩みに関する相談件数は3396件と、過去2番目の高水準だった。

 病院が危ぐするのが、医療関係者が立ち会わず、自宅などで1人で産む「孤立出産」。18年度は7人のうち4人、18年度までの累計の半数を孤立出産が占める。安静が必要な産後間もない時に、県外から長時間かけて預けに来る−。そんな危険な状況を回避しようと慈恵病院は19年12月、匿名を強く希望する妊婦を受け入れる事実上の「内密出産」運用に踏み切った。

 「内密出産」をしたケースはまだないが、「誰にも知られず出産したい」と望む妊婦からの相談が数件あったという。蓮田副院長は「受け入れ体制を整えたことで匿名を希望する層をカバーできるようになった」と力を込める。ただ、「できる限り実名で産んでもらう」というスタンスは変わらず、相談者に説得を続ける。

 相談者は「親から虐待を受けていて、出産が知られれば自分も子どもも危険にさらされる」など複雑な事情を抱えるケースが大半で、「一人一人に寄り添うために多大なマンパワーを要する」と言う。

 費用面での課題もある。親に知られてしまうため健康保険を使えない、あるいは「無保険」のケースも出てくると考えられ、「その場合の出産費用は病院が負担するしかない」。ゆりかごの運営で毎年1500万円ほどの赤字が出ているが、「厳しいが使命感でやっている」と話す。

 昨年3月には特別養子縁組のあっせん事業に参入、今年1月には困窮する妊婦の一時保護施設を院内に設置すると表明した。蓮田副院長は「一連の取り組みを通して、出産・育児に関して世間が当たり前と思っていることができない人たちがいることが分かった。『どうして妊娠したのか』『相談すれば良かったのに』と思うかもしれないが、正論だけでは救えない。社会や行政は、そんな人々を受け止める覚悟をするべきだ」と訴える。

 取り組みの根底にあるのは「目の前の困窮する母子の命を守りたい」という一貫した強い思いだ。「相談窓口、内密出産、ゆりかごといった母子を包括的に支える仕組みが全都道府県にあることが理想。必要性を地道に訴えていくしかない」(深川杏樹)