— 東京都東大和市 社会福祉法人どろんこ会 東大和どろんこ保育園 —
保育所と児童発達支援センター併設によるインクルーシブ保育の実践
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| ▲ 施設の外観 |
こどもたちが自分で考え、行動する思考を育む
社会福祉法人どろんこ会(法人本部:東京都渋谷区)は、「にんげん力。育てます。」という法人理念のもと、「にんげん力」を身につけるために必要な遊び、野外体験を通して、こどもたちが自分で考え、行動する思考を育むことを大切にした保育を実践している。
法人の沿革としては、平成10年に埼玉県朝霞市で家庭保育室「メリー★ポピンズ」を開所し、こどもの人格形成に必要な自然体験や地域交流を盛り込んだ保育を開始したことに始まる。
平成19年の社会福祉法人設立後は、認可保育所・認定こども園などの保育事業を中心に、児童発達支援センターや児童発達支援事業所、放課後等デイサービス、障害児相談支援事業所、学童保育、病後児保育、就労継続支援B型事業所、地域子育て支援センターなどの多様な子育てサービスを運営している。
現在は、社会福祉法人とともに、4つの株式会社で構成する「どろんこ会グループ」を形成し、首都圏を中心に全国で180カ所を超える施設・事業所を展開している。
同法人が実践する保育は、子育て目標に「センス・オブ・ワンダー」と「人対人コミュニケーション」を掲げ、自然体験や地域交流の機会を提供しているのが特色。さまざまな自然体験ができる環境づくりとして、運営する保育所の多くで園庭に畑や田んぼをつくり、畑仕事や田植え、稲刈りなどの労働体験に力を入れるとともに、こどもたちがヤギや鶏の飼育を行い、たい肥をつくって畑で使用することにより、命の尊さや食の循環を学ぶことに取り組んでいる。
また、園外ですれ違ったすべての人と挨拶を交わすことを園の約束とし、地域の公園に出向いて地域の親子と交流する青空保育や商店街ツアー、銭湯でお風呂の日などの地域の交流活動を通して「感じたこと・考えたこと」を言葉で表現できるこどもを育成することを目指している。
先駆的にインクルーシブ保育を実践
さらに、同法人は異年齢保育とともに、障害の有無にかかわらず、さまざまな背景をもつこどもたちが一緒に育ちあうインクルーシブ保育を先駆的に実践してきたことで知られている。
平成27年に法人では初となる認可保育所と児童発達支援事業所を併設したインクルーシブモデル施設を開設以降、全国21カ所でインクルーシブ保育施設を展開してきた。
インクルーシブ保育の取り組みで大切にしている視点について、理事長の安永愛香氏は次のように説明する。
「インクルーシブ保育の実践では、健常児と障害児等が混ざり合いながら生活のすべてをともにして、スタッフが双方支援を行っています。一般的に発達障害や自閉症のこどもは、思ったことを言葉で伝えることが苦手であったり、自分の興味があることに対して没入することが多く、それを遮られたときに癇癪を起こしがちで、自分の気持ちと折りあいをつける『葛藤調整力』の発達がゆっくりなことがあります。この『葛藤調整力』は8歳頃までに急速に発達することが科学的に解明されていますが、これまで日本では発達障害や自閉症の傾向が表出すると、『療育』として健常児から障害児を分けて支援し、職員の加配をつけて周りのこどもとトラブルが起きないように守ってきたことにより、その力を体得できないまま小学校に就学してしまうことが起きていました。健常児と障害児等が生活のすべてをともにし、トラブルを含めてさまざまな体験を繰り返すなかで『葛藤調整力』を後天的に身につけるチャンスをつくることは、脳の急速な発達段階にある幼児期のこどもを預かる私たちの使命だと思っています」。
「真に壁のないインクルーシブな施設」を開設
さらに、同法人は令和6年4月に、東京都東大和市において東京都で初となる認可保育所と児童発達支援センターを併設した東大和どろんこ保育園を開設した。
開設経緯としては、地域の児童発達支援センターの老朽化に伴い、新たな運営・整備事業者の公募があり、どろんこ会のインクルーシブモデルの提案が採択されたもので「真に壁のないフルインクルーシブな施設」として注目を集めている。
「これまでも認可保育所と障害児施設などを併設し、インクルーシブを謳う施設は多くありましたが、玄関は別で、活動も定期的に交流する程度で、スタッフもそれぞれのこどもの支援にとどまっていました。当施設は壁がなく、2つの異なる位置づけの施設が一つ屋根の下で、健常児と障害児等が生活のすべてをともにして、スタッフが双方支援を行うことを実現しています」(安永理事長)。
完全併設にあたっては、令和5年4月の省令改正により、これまで保育所と児童発達支援センターを併設する場合、原則として壁や固定パーテーションにより発達支援室と保育室を区切るとされていた要件が撤廃され、同じ施設の共有とスタッフの双方支援が可能となっている。
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| ▲ 1階にある2〜5歳児の保育室は、各部屋の壁を取り除くことで広いスペースをつくり、各年齢のこどもや障害児が一緒に生活している | ▲ 2階には芝生を敷いた屋上テラスを設置し、こどもたちの遊び場となっている |
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| ▲ 縁側で雑巾がけをするこどもたちの様子。気候がよい時期には食事場所としても活用する | ▲ 築山を設けた広々とした園庭 |
同じ空間でこどもとスタッフが混ざりあう
建物は2階建てで、定員80人の認可保育所「東大和どろんこ保育園」と、1日定員30人の子ども発達支援センター「つむぎ 東大和」のほか、児童相談支援事業所、地域子育て支援カフェ「ちきんえっぐ」を併設している。
広い園庭では、築山や田んぼ・畑、ヤギ・鶏の小屋を設け、こどもたちが農業体験や動物の飼育を行うほか、井戸を掘削したことにより、思う存分に泥遊びができる環境をつくった。
園内の設計では、玄関や職員室、給食室、休憩室、トイレなどはすべて共用とすることで、利便性を高めるとともに建築コストの大幅な削減につながっている。また、1階に2〜5歳児室と発達支援室、2階に1歳児室と一時預かり、発達支援室を設けているが、1階にある各年齢の保育室と発達支援室は壁をすべて取り除くことで、同じ空間のなかで健常児と障害児等が一緒になり、過ごす場所や遊ぶ相手、活動内容を自分たちで選択して過ごしているという。
「児童発達支援センターでは、発達障害、知的障害、難病や医療的ケアが必要なこどものほか、発達支援が必要なこども等を受け入れており、スタッフは常勤の保育士、看護師、理学療法士、社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、公認心理師を配置しています。これは当施設に限らず、法人の児童発達支援事業はすべて常勤の専門職を配置することにこだわっています。こどもだけでなく、保育所と児童発達支援センターのスタッフも混ざり合い、同じ空間のなかで双方支援を行っています」(安永理事長)。
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| ▲ 園庭では畑や田んぼで子どもたちが農作業を体験したり、ヤギや鶏の飼育を行う環境をつくっている | |
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| ▲ 保育所と児童発達支援センターの職員室は、共用することで連携が図りやすく、コストの削減にもつながっている | |
健常児・障害児双方の成長につながる
インクルーシブ保育の実践による健常児、障害児双方へのメリットについて、施設長の宮澤叙栄氏は次のように説明する。
「発達のゆっくりなこどもが、保育所で過ごすことにより、自分より少しできるこどもを手本にして、スタッフが伝えなくても見て学べることがあります。健常児もいろんなこどもと過ごすことで、障害に対する偏見がなく、『この子はこういうことが苦手』という捉え方をして、自然とどのような助けが必要になるのかを考えられるようになります。また、こども同士の衝突を大人が察知し、守り避けるのではなく、当施設では葛藤調整力を体得するためにあえてトラブルも経験させ、どのように立ち直ることができるのかを支えています。その分、スタッフは介入するタイミングの見極めが大切となっています。スタッフにとっても、いろんな特性のあるこどもに関わることで、さまざまな経験を積んで成長できる環境があります」。
そのほか、同施設では地域子育て支援カフェ「ちきんえっぐ」を併設し、オープンキッチンを設けたカフェを地域に開放している。
保護者が送迎の待ち時間に過ごすだけでなく、保育所を利用していない地域の親子にも来所してもらい、知りあいや友達をつくったり、一緒にランチをするなど自由に活用されている。
地域住民が主体となって料理教室や自然食堂、親子関係やこどもとの関わり方を考える『寺親屋』など、さまざまなイベントを開催しているという。
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| ▲ 東大和どろんこ保育園 施設長 宮澤 叙栄 氏 | |
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| ▲ 併設する地域子育て支援カフェ「ちきんえっぐ」は、地域交流の場として保護者や地域住民が主体となり、さまざまなイベントを開催している | |
実践モデルとして活動を広げる
一方で、認可保育所と児童発達支援センターの併設施設の運営で難しいこととしては、スタッフ同士の合意形成をあげている。
「とくに、発達支援のスタッフは新卒で採用することは少なく、みんなバックグラウンドをもっています。『前の施設ではこうしていた』というように同じベクトルで目線をあわせられないと、目指している保育や支援が崩壊してしまうため、合意形成は非常に重要となっています。以前は当法人が目指すインクルーシブ保育をイメージしてもらうことが難しいところがありましたが、当施設を開設して実践モデルとしてみせられるようになりましたので、実際に施設をみてもらったり、取り組みを発信することで活動を広げていきたいと思っています。また、当施設の開設にあたっては、7割が新規・中途採用となっていますが、若いスタッフはインクルーシブな社会を当たり前なこととして学んできているため、違和感なく働くことができているように感じています」(安永理事長)。
そのほか、グループ法人の取り組みとしては、こどもの食の安全を確保するとともに、田植え・稲刈り体験を通じて食の循環を学べるよう、新潟県南魚沼市に田んぼを確保し、給食米の完全自給自足を実現している。野菜も同様に完全自給自足を目指し、関東近郊を中心に農地の確保を進めているという。
健常児と障害児、スタッフが混ざり合う、真のインクルーシブ保育を実践する同法人の今後の取り組みが注目される。
社会福祉法人どろんこ会
理事長 安永 愛香 氏
インクルーシブ保育の実践では、こどもだけでなく、大人であるスタッフが混ざり合いながら双方支援を行うことが大切になります。同じ空間のなかで多くの専門職が互いのこどもを見守ることは、よりよい支援につなげることにとどまらず、人数的な部分でもスタッフの余裕が生まれています。当然ながら、一人ひとりのこどもの状態を把握する工夫が必要になりますが、全スタッフに支給するスマホのチャット機能等も活用することで共有できています。
現在、当園には多くの行政や関係者が視察に訪れていますが、同様の取り組みをする施設が全国に広がるよう実践モデルとして発信していきたいと思います。
<< 施設概要 >>
| 開設 | 令和6年4月 | ||
| 理事長 | 安永 愛香 | ||
| 所長 | 宮澤 叙栄 | ||
| 定員 | 80人 | ||
| 併設施設 | 子ども発達支援センターつむぎ 東大和(1日定員30人)、相談支援つむぎ 東大和、地域子育て支援カフェちきんえっぐ | ||
| 法人施設 | 認可保育所、認定こども園、児童発達支援センター、児童発達支援事業所、放課後等デイサービス、障害児相談支援事業所、学童保育、病後児保育、就労継続支援B型事業所、地域子育て支援センター 等 | ||
| どろんこ会 グループ | 潟Sーエスト、灰oronko Agri、鞄本福祉総合研究所、鞄魚沼生産組合 | ||
| 住所 | 〒207−0021 東京都東大和市立野3丁目1255番地3 | ||
| TEL | 042−569−8376 | ||
| URL | https://www.doronko.jp/facilities/tsumugi-higashiyamato/ | ||
■ この記事は月刊誌「WAM」2025年9月号に掲載されたものを一部変更して掲載しています。
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