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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第2回:事故発生後の対応 〜誤嚥による死亡事故と賠償責任A〜


事案の概要


 亡Aは、平成19年4月2日、Y(医療法人社団)が開設する介護老人保健施設Bに入所した。7月1日午後6時頃、AはBの食堂で約30名の入所者とともに夕食をとっていた際、食物を誤嚥し、救急車で病院に搬送された後、翌日死亡した(当時、Aのいたフロアでは介護士3名が配置されており、本件事故当時、食堂にいたのはK介護士1名であった。また同日は日曜日で医師は出勤していなかった)。Aの相続人であるX1(夫)・X2(長男)・X3(長女)が、Yに対し、損害賠償を求めて訴えに及んだのが本件である。


判決                       【請求棄却】


@「K介護士がAの様子を確認した後、異変に気づいて駆けつけるまで数秒しか経過していないが、食物を誤嚥して窒息した後、わずか数秒間のうちに意識消失に至るというのは不自然さが拭えない。」「本件事故は、食物の誤嚥による窒息を原因とするものとは認められず、本件事故の発生状況及びAの既往症を考慮すると、脳梗塞、心筋梗塞などの何らかの疾病を原因とするもの、すなわち、Aが脳梗塞、心筋梗塞などによる発作を起こし、それによる吐き戻しの誤嚥が起きたものである蓋然性が高いことが認められる。」

ABの過失について
 Y及びBの職員に過失があったとは認められない。
(横浜地裁平成22年8月26日判決。判例時報2105号59頁)


【解説】

1 はじめに


 本件は、誤嚥による死亡事故ではあるが、当事者間で事実関係が争われ、脳梗塞等の発作による吐き戻しの誤嚥が原因であると認定された事案である。
 しかし本判決は、誤嚥事故における施設側の過失に関わる格好の素材を提供する。

2 職員の教育義務


 本判決は、「介護施設では高齢の入所者が多く、入所者に何らかの急変が起こる可能性は相当程度あるのであるから、介護老人保健施設であるBを運営するYには、入所者の急変に際して適切な対処をとれるように、職員を教育する義務がある」と述べた上で、Bでは「救急救命マニュアル」を作成し、急変時の手順等について定めていること、年1回の定期的な勉強会が行われていること、日常の業務を通じて急変時への対応について指導が行われていることを認定し、職員教育が不十分であったとはいえないとしている。
 前回触れた松山地裁平成20年2月18日判決とともに、職員教育が不徹底であれば過失を問われ得るという意味で参考になろう。

3 AEDの設置義務


 本件では、介護施設であるBがAEDの設置を怠った過失についても問われている。本判決は、本件事故当時、介護老人保健施設にAEDの設置が義務づけられていたわけではなく、さらにYは、Aの既往症(高血圧症、心不全など)について情報提供を受けておらず、その発症を予見することが困難であったことから、AEDを設置しなかったことが過失とまではいえないとした。
 上記判旨からすると、仮に既往症について情報提供を受けていたとしても、AED設置義務が当然に生じるとは言い難い。ただし、介護施設でAEDの設置が法令等(条例を含む)で義務づけられた場合、過失を基礎づける一事情となる可能性はある。

4 救急救命措置


 誤嚥事故が発生した場合、迅速かつ適切な救急救命措置を講じ、一刻も早く医師や救急隊員の手に委ねたかが、過失の有無の判断にあたって重要なポイントとなる。
 本件では、隣席で夕食をとっていた入所者に声をかけられ、Aの意識消失に気づいたK介護士が、電話で他フロアのH看護師を呼び、同看護師が、Aの口腔内に指を入れて残っている食物を指で掻き出し、入れ歯を外し、吸引器を用いて吸引を行った旨、さらにKがHの指示で救急車の要請と館内全体放送を行い、Hは救急隊が到着するまで、エアウェイを挿入しての酸素吸入と吸引器での吸入を交互に行い、M看護師が心臓マッサージを行った旨認定されている。
 争点は、K介護士のエアウェイ挿入および吸引義務であるが、裁判所は、「いずれも介護福祉士が行うことが法令上禁止されている医行為に該当する可能性が極めて高いものであるうえ、Bの「救急救命マニュアル」では、吸引や気道確保は医師または看護師のみが行い得る行為とされており、介護福祉士はこれらの器具の取扱いに習熟していなかったから、K介護士がAの意識消失を発見した後、直ちにエアウェイの挿入や吸引を行わず、Hに連絡したことをもって過失があったということはできない」と判示した。しかし一方で、「現に入所者が窒息による苦痛を訴えており、医師または看護師の到着を待っていたのでは救命が不可能となるような特別の場合には、介護福祉士であっても、エアウェイ挿入、吸引等の救命措置を行うことが求められる場合も考えられないではない」とも述べている(ただし本件では、こうした特別の状況にはなかったとされている)。
 介護福祉士の法令上の位置づけからすれば、緊急時には医師や看護師に速やかに連絡し、その指示および処置に委ねることが求められる。従来、救急対応が違法とされた事案としては、横浜地裁川崎支部平成12年2月23日判決がある。午前8時25分に異変を発見し、同8時40分に救急車を呼ぶまでの間、バイタルチェック、看護師による心臓マッサージ、家族への電話という対応しか行わなかった点に、適切な処置を行わなかった過失が認められた。家族の指示を待って対応する状況ではなく、速やかに救急車を呼ぶべき事案であったといえよう。
 本判決によれば、特別の状況にある場合、介護職に適切な救命処置をとる義務が課される余地がある。例えば、看護師が施設内におらず対応できない場合、介護職に一定の救命措置が求められる可能性が高い。タッピング、ハイムリッヒ法、吸引、エアウェイ挿入、AED、人工呼吸などのうち、どこまで求められるか、なお問題となるものの、少なくとも、医行為が法令上禁止されていることと、損害賠償法上の過失の判断とが必ずしも一致しない場合があり得ることは確認しておく必要がある。

5 事故後の対応


 本件では、7月6日(A死亡の4日後)、XらがBを訪れ、事故の説明をしてほしいと要望したのに対し、同月14日と22日の両日、本件事故についての説明が行われたと認定されている。施設側の対応の遅さが家族の不信を招き、訴訟に至った一因ではないかとも推察される。
 事故が発生した場合、速やかに関係職員による検証を行う必要がある。人の記憶は時間とともに曖昧になる。時間的経過を含む詳細な事実関係を記録に留め、原因究明を行うことは、後に役立つ。その際、経営者が率先して全責任を負うとの姿勢を職員に示すことが肝要である。職員個人の責任を追及する「犯人捜し」の姿勢では、事実が隠蔽され、原因究明が困難になりやすい。
 その上で、家族に速やかに事実関係を説明すべきである。謝罪が直ちに過失を認めることにはならない。施設側の過失を否定した最近の裁判例によれば、「施設長が謝罪の言葉を述べ、原告らには責任を認める趣旨と受け取れる発言をしていたとしても、これは、介護施設を運営する者として、結果として期待された役割を果たせず不幸な事態を招いたことに対する職業上の自責の念から出た言葉と解され、これをもって被告に本件事故につき法的な損害賠償責任があるというわけにはいかない」のである(東京地裁立川支部平成22年12月8日判決)。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年5月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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