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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第27回:誤嚥による死亡事故と賠償責任D


事案の概要


 A(大正13 年生まれの女性。要介護1 とみられる)は、うつ病に罹患し、平成21年11 月からB 病院に入院していた。A は、平成22 年3 月に同病院でポリープを除去する手術を受け、以後退院に至るまで粥食が提供されていた。
 A は、同年7 月初め、症状が軽快したことからB 病院を退院することになり、その際、Y(株式会社:被告)が経営する施設であるC(介護付き有料老人ホーム)への入居を勧められた。A は、同月21 日、B 病院を退院し、Y との間で、C への入居契約(介護保険法上の特定施設入居者生活介護サービスを含む)を締結し、C の個室に入居した。
 C の職員D は、同月23 日(入居3 日目)午前7 時50 分頃、ロールパンを含む朝食をA の入居する個室に配膳した。この時、D はA をベッドから降ろして車いすに座らせ、サイドテーブルに食事をセットした後、部屋を出て、A は一人で朝食を摂った。
 D は、同日午前8 時10 分頃、ロールパンを誤嚥して車いす上で頭を後ろに反らせ昏睡状態となったA を発見した。D は、直ちに救急通報を行い、同日午前8 時20 分頃、C に救急車が到着し、A はE 病院に搬送されたが、同日午後7 時45 分死亡した。死因は窒息であった。
 A の相続人(子)であるX1 〜 X5 がY に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を求めて出訴に及んだ。1 審判決(神戸地裁平成24 年3 月30 日判決。判例タイムズ1395 号164 頁)は、A に食事中の誤嚥の危険があることを具体的に予見することは困難であったとしたうえで、Y がA にロールパンを提供した点やA の食事を居室配膳とした点に過失を認めることはできず、本件事故当日の職員の見守りに過失があったともいえないとして、X らの請求を棄却した。これに対し、X らが控訴した。


《判決》              【請求一部認容】


「本件入居契約は、契約書によれば、C の利用及び同契約で定める各種介護サービスの提供を目的とするものであり、事業者は介護保険法その他の法令に定める特定施設入居者生活介護の規定を遵守するもの(1 条)とされている。そうすると、Y は、特定施設入居者生活介護事業者として、本件入居契約及び関係法令に基づき、Aに対し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負担していると解される。」
 「C は、本件診療情報提供書、本件看護サマリー及び本件紹介状などから、Aには『難治性逆流性食道炎、食道裂孔師ヘルニア(食道裂肛ヘルニア)』等の既往歴があり、入院中全粥食であったが食後嘔吐があったことを把握し、Aの主治医からも『#3(食道裂孔師ヘルニア)により、時折嘔吐を認めています。誤嚥を認めなければ経過観察でよいと思います。』との伝達を受けていたことが認められる。前記主治医の伝達内容は抽象的であり、明瞭でない面はあるものの、その記載内容から察するに、食道に疾患があり、食物が逆流し、嘔吐することがあること、これにより誤嚥が危惧されるとの意味内容を感得することは、医療の専門家でない読み手であっても、必ずしも困難なことではない。高齢者事故の中で転倒と誤嚥が多いことは周知の事実であるところ、高齢者を扱う介護事業者スタッフが前記意味内容からしてA に対しては通常の入所者に比して誤嚥について特に注意が必要であることを把握できないはずはない。とりわけ、介護施設に新しく入所する者にとっては、環境が変化すれば、心身に負担が増すことになるのであるから、持病がどのように現われるのか注意深く観察する必要があり、介護事業者としては、協力医療機関と連携を図り、少なくとも、同医療機関の初回の診察・指示があるまでの間は、A の誤嚥防止に意を尽くすべき注意義務があったと解するのが相当である。そして、本件においては、A を居室において食事させ、入所者に異状が生じても気付きにくいという事情があったのであるから、このような状況下においては、食事中の見守りを頻回にし、ナースコールの手元配置等を講じるなどして誤嚥に対処すべき義務があるというべきである。
 しかるに、Y においては、前記A の既往歴や本件紹介状の記載に顧慮することなく、居室で食事をさせるにもかかわらず、ナースコールを入所者の手元に置くことなく、見回りについても配膳後約20 分も放置していたのであるから、誤嚥が起こっても発見できる状態ではなかったといえ、A の誤嚥防止に対する適切な措置が講じられたということはできず、A の身体に対する安全配慮を欠いた過失があるというべきである。」
 以上のように判示し、Xら5名に対し、各250万円の慰謝料を含む一人あたり310万円余りの損害賠償請求を認容した。
(大阪高裁平成25年5月22日判決。判例タイムズ1395号160頁)



【解説】

1 はじめに


 本件は、誤嚥事故の裁判例である。本連載で誤嚥による死亡事故を取り上げるのは久しぶり(食物の誤嚥事故については、連載初回から第3回まで)である。原告の請求を棄却した原審の結論を覆して、安全配慮義務違反を認めたという点で、内容的にも注目すべき判決といえる。

2 安全配慮義務違反


 Yが本件事故につき責任を負うかにつき、原審は、Aの誤嚥についてのYの予見可能性の有無を問うたのに対し、本判決は、〔判決〕にあるように、Yが本件入居契約および関係法令に基づく安全配慮義務を負うとの一般論を展開したうえで、同義務違反の有無を本件事案に即して検討するとの構成を採っている。ただし、結論を分けたのは、法律構成の違いというよりも、以下述べるように、認定事実の評価の仕方の違いである。
 安全配慮義務違反を認めた本判決は、Yにおいて、Aが食道に疾患があり、食物が逆流し、嘔吐することがあること、これにより誤嚥が危惧されること、したがって通常の入所者に比して誤嚥について特に注意が必要であることを把握できなかったことを重くみている。そうした入所者については、とりわけAが新規の入所者である以上、介護事業者として、「協力医療機関と連携を図り、少なくとも、同医療機関の初回の診察・指示があるまでの間は、Aの誤嚥防止に意を尽くすべき注意義務」、Aを居室で食事させる状況においた本件では、「食事中の見守りを頻回にし、ナースコールの手元配置等を講じるなどして誤嚥に対処すべき義務」があるのにこれを怠ったとした。
 これに対し、原審では、@Aが自立して食事をすることができ、Yにおける食事中に誤嚥のおそれをうかがわせる具体的症状が見られなかったこと、AYがAの主治医であったE医師から特別の食事を提供すべきなどの注意を受けていないこと、B入居申込書の食事等の希望・要望に何らの記載もないこと、C家族やMSW(医療ソーシャルワーカー)との面談において専らうつ病の症状への対処が問題とされていたこと(そのための配慮として、フロアで1人だけ居室での食事とされた)、D食道裂孔師ヘルニアによる嘔吐は食後嘔吐に関するものであるから、食事中の誤嚥との直接的な関連性は極めて低いとされていることなどを認定し、誤嚥についての予見可能性は認められないとした。
 一見すると、〔判決〕で述べられた判示部分は、とりわけ介護付き有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護事業者)にとって厳しいとの見方もできよう。右のABCの事実が認められる本件においてはなおさらである。しかし本判決では、「前記の伝達を受けていた各種情報に鑑みれば、医師から食事に関する特別の申し送りがなくとも、また、入所者家族から注意喚起や要望がなかったとしても、誤嚥が予見できないとか、誤嚥について何ら対処しなくてもよいということにはならない。」「入所者家族の要望があり、これに沿った処遇をとったからといって、それゆえに、YのAに対する安全配慮義務が消滅ないし軽減されるというものでもない。」「MSWから、嘔吐、嚥下は落ち着いてきているので問題ないと告げられたとしても、MSWは医療の専門家ではない上、その症状が完治したと告げられたものではなく、前記義務を免れるものではない。」と判示されている。
 本判決から導かれるのは、第一に、本件のような既往歴や入院中全粥食であった事実などから、介護スタッフは誤嚥の危険性を察知すべきこと、第二に、新規入居者に対するアセスメントは極力慎重に行うべきことであろう。後者については、協力医療機関の診察・指示を経ることにより、注意義務を果たしたとされる可能性が示唆される。

3 過失相殺


 本判決では、過失相殺を認めなかった点も特筆される。Xらが居室での食事を希望し、Aの誤嚥について特に注意喚起しなかったことを、過失相殺の対象としていない。ただし本判決も、これらの事情を慰謝料額を定める際に斟酌する事情として考慮するのは相当であるとしており、結果として損害の公平な分担が図られているともいえよう。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成26年9月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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