厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会(部会長:田辺国昭・東京大学大学院法学政治学研究科教授)が9月26日に開催され、@医療保険制度改革について、A令和8年度診療報酬改定の基本方針について、B高額療養費制度について、議論が交わされた。
@の「医療保険制度改革」は、2040年までの中長期的課題を洗い出して政策立案の土台づくりを行うもので、2025年冬をめどにとりまとめる予定。また、Aの「令和8年度診療報酬改定の基本方針」は、医療部会とも連携をとりながら次期診療報酬改定の方向性を打ち出すもので、2025年12月上旬にとりまとめる予定。
そして、Bの「高額療養費制度」は、同部会直下の会議体として2025年5月に設置された「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」で、患者団体の参加も得て制度の現状、見直しの必要性とあるべき方向性、留意点や要配慮事項などを詰めていく過程で、「医療保険制度における他の項目も含めた全体の見直しとあわせた議論として進めるべき」との共通認識に至ったことにより、部会と専門委員会で関わり合う議論の内容を相互にフィードバックし合うこととされ、この日の議題の一つに据えられたものである。
「世代間のバランスの見直しが必要」「保険給付範囲の絞り込みが必要」
@の「医療保険制度改革」にかかる議論では、2040年を見据えて年齢に関わりなく能力に応じて支え合う「全世代型社会保障」へと転換を図るために、医療保険制度において必要となる見直しの全体像を描くことが、同部会の役割となる。審議自体は前回(第197回部会:9月18日開催)から始まっており、その1巡目で語られた部会員の意見を事務局が整理して、この日の2巡目の議論の“下地”に据えられた(資料1:医療保険制度改革について)。ちなみに、同資料の柱立ては以下の通りである。
1.世代間・世代内のより公平性を確保した全世代での支え合う仕組の整備
2.医療保険の持続可能性の確保(のための給付と負担の見直し)
3.現役世代からの予防・健康づくりの促進とヘルスリテラシーの促進
4.医療現場を取り巻く環境の変化への対応
中身としては、「世代間のバランスの見直しが必要」「現役世代の負担の軽減が必要」「高齢者中心の社会保障から、全世代支援型の社会保障へ」といった、“若年者が負担して高齢者が給付を受ける”という現行制度のありようの見直しを求める主張が並び、負担能力の判定にあたって「資産や被扶養者数も勘案するべき」とも記載されている。
また、保険給付範囲の見直し(絞り込み)が必要だとして、「費用対効果や経済性を考慮した医薬品の使用促進」「OTC類似薬の保険適用除外」「低価値・無価値医療の利用の抑制」といった具体策も書き込まれ、保険の役割として「小さなリスクより大きなリスクへの保障が重要」とも記載された。その一方で、給付範囲絞り込みへの慎重論として、「医療は早期発見・早期治療が基本であり、重症者への重点化は患者による間違った判断等が生じ得るため、慎重な検討が必要」「必要な医療への受診抑制につながらないよう、特に低所得者への配慮が必要」とも記されている。
さらに、「医療提供体制の持続可能性」という観点から、「医療機関の経営状況が悪化し、限られた医療資源の体制が崩れてしまってから再構築することは困難。安定して体制を維持できるような制度改革をお願いしたい」「物価や人件費の上昇の影響を価格転化できず、医療機関は深刻な経営難に陥っている。早急な対策が必要」といった記載がある。
第2巡目となるこの日の部会は、以上のような可視化された前回議論を受けて、補足や追加の意見表明が行われた。
※OTC類似薬
市販薬(OTC医薬品)と成分や効能がほぼ同じでありながら、医師の処方箋が必要な医療用医薬品
長期収載品やOTC類似薬の扱いで議論、医療DXは国を挙げて推進を
委員からは、保険給付範囲の絞り込みに関して、「長期収載品の選定療養の更なる見直し」「バイオ後続品の使用促進」などの新たな提案が出されたほか、効果を裏付けするエビデンスが十分に認められない医療(無価値医療)、効果があっても費用に見合わない医療(低価値医療)について、利用抑制策を具体的に立てるための議論をデータに基づいて進めるべきとの意見も提起された。
一方で、OTC類似薬の保険適用除外については、「市販薬を自費で買うことで患者の負担増となり、薬代が高いから買わない等によって、症状が悪化することも考えられる」「予防・健康促進にかかるヘルスリテラシー、社会保障の教育も含めて一体的に今進めていくべき課題であり、相当の時間を要する。拙速に進めることではない」など反対の立場からの意見表明があった。
このほか、医療DXについて、「サービスの効率化や質の向上が図られる」「医療現場が抱える課題の解消にも寄与し、持続可能な医療保険制度の構築につながる」などとメリットを掲げ、国を挙げて推進を求める声が相次いだ。
※医療DX
医療分野におけるデジタル化を通じて、@疾病予防や健康増進、 A切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供、B医療機関等の業務効率化などに役立てる取り組み
次期改定の方向性、地域医療提供体制が存続するように
2つ目の議題「令和8年度診療報酬改定の基本方針」は、事務局が「考えうる記載」という項目入りの骨組みを“たたき台”として用意し、それをもとに委員によるそれをもとに委員たちが意見を述べ合った。(資料2:令和8年度診療報酬改定の基本方針について)
診療報酬改定は、その細部は中央社会保険医療協議会(中医協)によって詰められるが、大枠(章立て)は社会保障審議会の医療部会と医療保険部会が「基本方針」として決定する役割分担となっている。基本方針は毎回、冒頭に総論(改革にあたっての基本認識)を記載し、次いで各論を「基本的視点」(現状と課題)と「具体的方向性」(改定で対応する取り組み事項)の組み合わせで提示する構成となっている。
今回事務局が用意したたたき台も、従来の流れを踏襲し、各論の項目は以下4つのカテゴリーからなっている。
@物価や賃金、人手不足などの医療機関等を取りまく環境の変化への対応
A2040年頃を見据えた医療機関の機能の分化・連携と地域における医療の確保、地域包括ケアシステムの推進
B安心・安全で質の高い医療の実現
C効率化・適正化を通じた医療保険制度の安定性・持続可能性の向上
委員から異論はなく、これらの構成を前提とした議論が交わされた。
診療側の立場の委員からは、「医療機関の存続ひいては地域医療提供体制の存続に繋がる内容にしていただきたい」「物価・賃金、人手不足への対応は『重点項目』として位置づけていただきたい」といった意見が出され、またこれに対して保険者側の立場の委員が「どれか一つを重点課題にするというのではなく、すべてを総合的に解決することを目指すべきだ」とバランスを求める意見も見られたも見られた。
さらに、医療従事者確保にかかる危機感の表明が相次ぎ、「病院の夜間の人材確保が厳しさを増している。急激な物価高騰、コスト上昇により、深刻な経営難に直面し、他産業並みの処遇改善が難しい」「生産年齢人口の減少にともない、今後ますます人が集まらなくなっていく。診療報酬上の人的要件緩和に着手しないと、制度自体が破綻してしまう」などの意見も出された。
診療側の立場ではない委員からも、「地方でも医療へのアクセスが確保されるように、個々の医療機関が持続可能であるように評価することも必要ではないか」「食材料費などについて、物価高に対応できる仕組みを設けられないか」といった意見が出された。
高額療養費の見直し――年間上限の創設、外来特例の見直しが浮上
3つ目の議題の「高額療養費制度」は、まず事務局が「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」での検討状況を報告(資料3:高額療養費制度について)。制度見直しの在り方として、「必要な医療へのアクセスが阻害されないよう、特に長期に継続的な治療が必要な患者への配慮が必要」という考え方や、「高齢者中心の社会保障から全世代型社会保障へ、年齢で区切っている今の制度の在り方を見直していくべき」という考え方が示され、具体案として、患者負担の「年間上限」の創設、外来特例の支給範囲縮小――などのアイディアが提起されたことを紹介した。
これを受けて部会では、外来特例について「年齢で区切ることの合理性が十分ない。追加費用がゼロになると望ましくない医療利用が起きる可能性がある」として、その必要性を精査するべきとの意見が提起された。これに対して「一定の年齢を経ると、かかる疾患の数が増え、医療機関にかかる回数が多くなる。外来特例はそういう高齢者の特性を踏まえた仕組みであることを認識する必要がある」との反論が出された。
また、ここ10年で高額レセプトの医療内容が心臓手術、人工心臓、血友病治療などから高額薬剤を伴う治療へと大きく様変わりしたことを受けて、「高額薬剤の効果の検証を進めるべき」との意見や、「高額薬剤が適切に使用されているかについて検証が必要」という問題意識が提起された。「高額薬剤の使用は、それが有効であるケースに限定されるべき」との意見も示された。
※外来特例
70歳以上の高齢者を対象に、通院で支払う医療費の自己負担を軽減する特例措置のこと。一般所得区分は月18,000円(年14,400円)、低所得区分は月8,000円が上限となっている。