第17回:「今までこうしてきたので変えられません」
変化が求められる背景、目的
介護業界では「今まで通りでは続かない」という状況が着実に進んでいます。人材不足と高齢化の進行により、業務の見直しと変化への対応は避けて通れません。
現在、日本では高齢化が急速に進み、介護を必要とする人は今後も増加していくと見込まれます。一方で、生産年齢人口の減少により、介護人材の確保はますます困難になることが想定されます。前例がない超高齢化社会に対応するため、介護保険制度をはじめ、介護業界を取り巻く環境は変化し続けており、従来のやり方を続けるだけでは、ケアの質や職員の働きやすさを維持することが難しくなりつつあります。利用者や職員を守り、事業を継続していくためには環境変化に対応していく必要があります。
業務改善による効果と現場の負担
介護現場では「今までこうしてきたので変えられません」―こうした声が少なからず聞かれます。前項のような状況のなかで、限られた職員体制で質の高いケアを提供するためには、業務フローの見直しは避けられません。
例えば記録媒体の電子化はそのなかのひとつです。手書きの記録に比べて読みやすく、過去の記録も確認しやすくなります。利用者の状態把握や情報共有が容易になる点も大きなメリットです。一方で、導入時にはコスト負担が生じます。また、職員にとっては業務が大きく変化したと感じたり、電子機器に慣れていないことで、負担を感じる職員も少なくありません。変化にはメリットと負担感が同時に存在します。ただし、その負担感の多くは、導入初期に生じる一時的なものです。
介護現場ではこの負担感を重く捉えてしまい、「変えない方がいい」という空気が生まれ、変化に踏み出す心理的なハードルが高くなることは、決して珍しくありません。
介護事業を運営するうえで、この負担感をはじめとする「変化が進まない原因」を取り除いていく必要があります。
変化が進まない原因
介護現場で変化が進まない背景には、いくつかの共通した要因があると考えられます。そのままにすると、変化は進みにくくなります。
一つ目は、過去の成功体験です。「今まで事故なくやってこられた」、「実地指導でも問題なかった」、「問題なく運営できていた」。こうした過去の成功体験があると、変化の必要性を感じにくくなり、結果として現状維持を正当化してしまうことがあります。
二つ目は、目的の共通認識がないことです。目的や理由を十分に伝えず、理解を促す機会もないまま、現場に対して「変える」という指示だけが伝わっていたとしたら、「なぜ変えるのか」という現場の疑問を解消しきれず、納得感は生まれません。その結果、現場では形だけの変更にとどまり、実際の行動変容につながらない可能性があります。
三つ目は、前項でも触れた一時的な負担や不安です。新しく取り組みを始める際や仕組みを導入する際に、誰しも少なからず不安を感じるものです。その不安を解消するための慣れの期間や学習の期間が必要となります。この負担や不安に対する十分な配慮がない場合に、「変えない方がいい」という空気が生まれてきます。
運営のポイント
たとえば、記録媒体を紙からタブレットやスマートフォンへ移行する場合、施設長や管理者が運営上押さえるべきポイントは以下の5点です。
1.目的を明確にし、理解を得ること
目的が明確でないと、職員は変える理由を理解しにくく、納得感も得られません。変えない方が楽だという選択肢に向きがちです。加えて現場の同調圧力が高まることも想定できます。
たとえば記録の電子化は手段であり、記録作業の時間を短縮することで、「利用者との時間を増やす」ことが最終目的となります。職員も必要性を理解しやすくなります。施設長や管理者が目的を説明するだけではなく、職員が納得できる状態をつくることが重要です。
2.小規模で始めること
いきなり全体導入を行うと、操作や運用に慣れないまま進めることになり、混乱が生じやすくなります。たとえば、電子記録であれば、2〜3人の利用者分や1ユニットで試すといったイメージです。小さな単位で開始し、成功体験を積み重ねることが、職員の納得感につながります。小さな単位で慣れてから、徐々に範囲を大きくしていきましょう。
3.期間を決めること
試行期間を作ることも重要です。新しい取り組みの導入初期には、一時的に業務効率が下がることがあります。この期間が長すぎると、移行が長期化し、職員の意識が低下しやすくなります。また、現場の負担感が大きくなり、取り組みが定着しにくくなるおそれがあります。2〜4週間を目安に計画を立ててから小規模で開始することがポイントです。
4.問題点を見える化し、改善につなげること
新しい仕組みを導入する際には、一定の負担感が生じることを前提にしておく必要があります。そこで重要なことは、実践した職員の声を整理し、負担や不安をできるだけ具体的に見える化することです。可能であれば、時間や回数などの数値で把握します。「入力が大変」、「忙しくてできない」ではなく、「入力に10分程度かかってしまう」、「日中13時ごろは入力時間を確保しにくい」など、できるだけ具体的に見える化することが重要です。課題が具体化すれば、対策も検討しやすくなります。
5.現場に裁量を与えつつ、管理者が関与し続けること
管理者は、変化を現場に任せる場合は「やってください」と指示するだけではなく、現場が判断できる範囲を明確にし、その範囲内で任せることが大切です。判断できる範囲がないまま結果だけを求められると、現場は動きにくくなり、取り組みは停滞しやすくなります。
加えて、管理者や主任は導入時だけではなく、継続的にかかわることも重要です。管理者が継続的に関わっていれば、負担感が具体化した際にも、課題の把握や進捗確認がしやすくなります。必要な支援の検討や、現場職員の安心感につながり、管理者と職員の関係性づくりにも役立ちます。
改善するために
管理者やリーダーは現場の職員に対して、一つひとつ課題を確認し、疑問を解消していくための行動が必要です。何かを変えるときには目的や目標があります。目的や目標が曖昧な場合は、まず明確にする必要があります。その事業所や現場が変わる必要性を管理職と職員が共通で認識していないと、どれだけ仕組みを変えても、現場での混乱や不満が生じやすくなります。
変化が難しいのであれば、面談や会議を通して職員の思いを聞く場を設けてみるのも一つの手段です。職員からは「業務が大変なので人員を増やしてほしい」といったこともよく聞かれます。しかし、昨今の状況では人材確保は困難です。「人材不足だから変われない」のではなく、人材不足だからこそ、効率化とケアの質の向上を目指した変化が必要であることを伝える必要があります。
事業所内だけで課題の整理や合意形成が難しい場合は、外部の専門職や第三者の支援を受けることも有効です。変化は単なる負担ではなく、現場を守るための手段です。一方で、現状維持は必ずしも安全策ではなく、時には緩やかな後退につながることもあります。
変化は、急いで進めるものではなく、目的を共有し、現場の声を受け止めながら少しずつ定着させていくことが大切です。
※ この記事は月刊誌「WAM」2026年8月号に掲載された記事を一部編集したものです。
月刊誌「WAM」最新号の購読をご希望の方は次のいずれかのリンクからお申込みください。