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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第7回:退院時・危篤時の親族への説明・連絡〜説明・連絡義務と賠償責任〜


事案の概要


 Xの母A(明治41年生まれ)は、平成2年11月からY1の開設する老人ホームB園に入居していた。Aは、平成7年12月、Y2(国)が開設するD医療センターに入院し、腰椎圧迫骨折等の治療を受け、平成8年1月16日退院し、B園に戻った。入院時の問診用紙の連絡先には、@B園施設長、AXの順に記載され、入院時データベースの連絡先欄には、@B園、AE介護課長、BXの順に記載があった。Aは同月18日、自己の全財産をY1に遺贈するとの公正証書遺言を作成し、同月20日に死亡した。
 本件は、XからY2に対し、@Dの担当医CがAに対し、十分な水分、栄養を補給させなかったためAを衰弱させ早期に死亡させたこと、ADはXに対し、Aについて点滴中止の措置をとったこと、退院させることを連絡しなかったためAの臨終に立ち会えなかったことを主張し、損害賠償を求めるとともに、Y1に対し、BAには遺言能力はなく、本件遺贈は無効であるとして、不当利得返還請求を求め、CAがDから退院し危篤に陥った際、Xに連絡しなかったため、XがAの臨終に立ち会えなかったとして損害賠償を求めた事案である。
 以下では、争点AとCに対する裁判所の判断を見ておく。


判決               【請求棄却】


1 争点Aについて
 「病院を退院後の患者の治療、療養介護は、患者又はその介護者の管理にゆだねることになる。このため、医師は、患者の退院に際し、患者又はその介護者に対し、患者の病気の内容及び症状の軽重、治療・介護の意義及び必要度、気をつけるべき(直ちに医療機関にかかるべき)自覚症状、日常生活上の注意(励行すべき事項、禁止ないし制限すべき事項等)並びに転医の必要性などの概略を説明すべき義務を負っている」ものの、「医師の説明義務が上記のとおり、患者の退院後の治療、療養・介護を円滑かつ実効的に行うために認められていることに照らすと、説明の相手方は、介護に携わる者ということになり、たとえ患者の近親者であっても、患者の介護に携わっていない者に対しては、説明する法的義務はない」。
 「i)Aは、B園に終身入居するとの契約を締結し、Y1は、Aにおいて、Aの療養介護をする義務を負っていること、ii)Xは、Aにとって生存する唯一の実子であり、Aをときどき見舞うことはあったものの、Dに対し、Aの病状を尋ねることもなくいたこと、iii)Aは、D関係者に対し、Xを心理的に拒絶しているかのような態度をとっていたことが認められ、これらを総合考慮すると、Xをもって、Dが病状その他を説明しなければならない相手方である介護者と認定することは困難である。」「Dが、Xに対し、Aの退院ないし病状等について連絡しなかったことに信義則違反はない」。

2 争点Cについて
 「老人ホームに入居している者が、死の危険に瀕した場合に、その旨親族に連絡をすることは、老人ホームと親族との間で格別の契約関係等がない場合であっても、信義則上、老人ホームの義務となる場合があるというべきである。
 これを本件についてみると、B園は、Aに対する終身の介護義務を負うものであり、Xは、Aの唯一の生存する実子であり、Y1との入居契約における身元引受人にもなっている上、直前の入居時(平成8月1月16日のD退院時)にも付き添うなどしていた者であるから、B園は、信義則上、死の危険が発生したときは、Xに連絡すべき義務を負っているというべきである。」
 「もっとも、老人ホームのような介護者の場合は、医療機関と異なり、医学的あるいは医療的な専門的知識等を有するものではないから、死の危険に直面したかどうか、親族等に連絡すべきかどうかという判断に困難を来すこともあるのであって、医療機関と同一に、親族への連絡義務を厳格に論じることは相当ではない。」
 「Aの死亡までの一連の経緯に照らすと、Aの介護者であるB園において、1月19日午後10時以前の段階でXへ連絡をしなければ、信義則上、告知義務に違反したとまではいうことができ」ない。
(東京地裁平成13年9月17日判決〔判例タイムズ1181号295頁〕)
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【解説】

1 はじめに


 本件は、介護事故ではなく、老人ホーム入居者の退院時および危篤時における親族への説明義務ないし連絡義務の存否が争われた裁判である。介護保険法施行前の事案であるものの、B園は民間施設であり、利用「契約」の存在が前提となることから、現行法上も参考となる事案といえる。

2 医師の説明義務


 判旨1では、退院時の医師の説明義務の存在を一般論として認めたうえで、説明の相手方は「介護に携わる者ということになり、たとえ患者の近親者であっても、患者の介護に携わっていない者に対しては、説明する法的義務はない」と判示した。こうした説明義務を肯定する根拠が、本判決のいうように「患者の退院後の治療、療養・介護を円滑かつ実効的に行う」点にあること、すなわち患者本人の利益に求められるとすれば、直接介護に携わっている者との関係で説明義務を認めれば足りるという判示も妥当と考えられる。
 もっとも、本件は、AがXを心理的に拒絶し、XもAの病状に関心をもたないなど、B園に説明を行えば説明義務を尽くしたと比較的容易に判断できる事案であったことがうかがえる。高齢者が介護施設に入居し、同施設が主たる療養介護の担い手であるとしても、親族が精神的支えも含め積極的に関与しているような場合にあっては、この親族に対し、あるいは介護施設と重畳的に説明義務が認められる可能性がある。医療機関側としては、基本的には介護施設のみならずキーパーソンとなる親族も交えて、退院に向けた説明・指導等を丁寧に行うことが望まれる。

3 危篤時における連絡義務


 1で、本件は利用契約の存在が前提となっている事案である旨述べた。ただし裁判所は、判旨2において、死の危険が発生したときの親族への連絡義務を、契約に基づく(あるいは付随する)義務ではなく、信義則(民法1条2項参照)に由来する義務として認めた。やや法技術的な話になるが、仮に利用契約上そうした義務が認められるとしても、それは契約当事者である入居者(本件ではA)に対して負うものであり、親族に対して負うものとは当然には言えない。そこで本件では、「老人ホームと親族との間で格別の契約関係等がない場合であっても、信義則上、老人ホームの義務となる場合がある」と判示し、一定の場合、特定の親族との関係で直接連絡義務を負うべきことを認めたのである。
 こうした連絡義務の存在は、医療機関の場合でも同様に認められるものと思われる。ただし、判旨2の下線部分で述べられているように、介護施設にあっては、本連載でもすでに取り上げた誤嚥事故などの救命救急対応が求められる(その一環として親族への連絡も必要とされる)場合と異なり、終末期に向かうプロセスのどの時点で親族に連絡すべきかの判断は、難しいケースがあろう。その意味で、「医療機関と同一に、親族への連絡義務を厳格に論じることは相当でない」と述べる本判決は正当である。ただし、少なくとも看護職が相応の判断をなし得る立場にある介護保険施設にあっては、それ相応の専門的知識に基づいた判断が求められるように思われる。
 本件では、午後2時30分にAの呼吸が一時停止し、酸素吸入装置を使用しなければならない状態となり、その後病状が持ち直したこと、午後6時頃、I医師によりAが危険な状態にあると判断され、B園関係者との間でAの親族を呼ぶかどうかが話題に上ったこと、その後の酸素吸入により呼吸が安定し入眠したものの、午後9時30分頃Aのナースコールがあり容態が急変し、午後10時頃にXに連絡し、午前零時前にXが駆けつけたもののAは意識がなく言葉を交わせず、午前零時36分息を引き取った旨認定されている。こうした経緯に鑑みて、午後6時以降の時点で親族に連絡しなかったことが連絡義務違反を構成しないのかについては、かなり微妙な事案である。家族関係や遺産の扱いなど、さまざまな背景事情があったにせよ、少なくとも道義的な観点から、もう少し早い段階で親族に状況報告すべきであったようにも思われる。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年10月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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