定量的な指標管理の落とし穴
今回は、経営に不可欠である指標管理について考えていきます。一般的な経営における指標管理の目的は、@現状の可視化、A課題の発見、B意思決定の支援、C目標管理に分類されます。おそらく経営者であれば経営判断や既存事業の評価、職員の評価等の材料としているはずです。また、自組織同業他組織と比較してどの位置にいるのか、どの程度の数値目標を掲げるべきなのかの目安としていることでしょう。
これらは定量的な判断の根拠として活きるものであり、実際定性的な指標としては不十分な側面があります。例えば令和6年度介護報酬改定の際に、訪問介護の基本報酬が減額されたことにより、訪問介護事業所の倒産が相次いでいることは現在新たな課題として浮き彫りになってきています。減額のよりどころとなった指標は厚生労働省が実施した「介護事業経営実態調査」であり、訪問介護事業所の収支差率が他サービスより高かったことがあげられています。介護保険の原資をどのように配分するかは重要な課題ですが、一方訪問介護事業はその事業特性上、地域には代替えが不可能な福祉資源であり、地域からこれが消えるとその地域の在宅介護の需給バランスが大きく崩れ、高齢者の生活そのものに影響を与えてしまいます。これは定量的な指標管理を優先し、訪問介護事業所(とくに小規模な)の本質的な課題に対応しきれなかった結果といえます。
本来福祉事業においては、定量的な指標管理と同じく定性的な指標管理が求められます。数値では測れない「多忙感」、「質」、「行動」、「姿勢」、「満足度」などがその代表格です。これらを測定する際には、アンケートや段階評価などを用いて一部を数値化することがあります。
ただし、こうした数値は参考値にすぎず、本質的に重要なのは、実際の「動き」、「流れ」、「勢い」、「負荷」といった定性的な変化を捉えることです。また、福祉事業は商品そのものが「福祉サービス」であり、その効果を定性的に捉えてきました。これらは職員が日常的に利用者の満足感や職員の多忙感で測っており、経営実態とは乖離することがあります。
訪問介護事業所においては、人手不足のなか高齢ヘルパーが限界の働き方をして何とか支えていた、あるいは物価上昇に代表されるコスト増を常勤ヘルパーがカバーするために動いていた結果の収支差率であったため、想定外に倒産が相次いだといえます。
介護現場に求められ始めた指標管理
介護の現場では長い間、定性的な管理のみで質を測ってきましたが、科学的情報システム(LIFE)では介護の質、効果を科学的に測り評価していくことが求められています(図)。令和6年度以前は情報の提出に重きが置かれていましたが、現在ではフィードバックデータを介護に反映させていくことが求められています。これは、介護を科学的に(再現可能に)していくことで、利用者への根拠ある介護サービス提供をしていくことを介護保険の基本的考えとしていくと捉えることができます。これまで、経験豊かな職員が感覚値で判断していたことでも、数値化することにより経験が浅い職員でも同様の判断ができるようになることが期待できます。これは介護現場の標準化にも期待できる変化であり、介護職員もまた利用者へのサービスを数値化することに慣れていく必要があります。
鷹の目・魚の目・蟻の目に応じた指標管理を
実際の組織運営においては、経営者、管理者、一般職員に分けて指標管理をすることが有効です。経営者に求められる鷹の目(俯瞰的視点)の指標管理としては、組織や社会の構造、長期的な戦略を把握することが目的ですので、経営戦略の立案、政策の方向性の検討が必要です。これらは単年で決着がつかないことも多く、中長期計画を反映した財務計画の管理が重要となります。毎年の決算はその達成度合いを確認するためのものであり、指標管理上は数年単位で進捗を測る必要があります。
管理者は魚の目(流れを見る視点)が求められます。トレンドや社会の動向、制度改正の背景を読む力が必要で、具体的には運営指導に耐えうる組織づくり、帳票類の管理、月次の稼働の管理です。介護分野であれば報酬改定の流れ、人口構造の変化への対応、障害分野であれば障害児者施策の動向を捉えておきたいところです。
一般職員に求められる蟻の目(現場・ミクロ視点)では、現場の声、職員の業務負担、利用者のニーズを把握することが重要です。介護職員の業務改善、利用者のQOL向上支援などがあげられます。
そして、職責における指標を管理した後は、3つの指標を突合する必要があります。組織によってやり方は異なりますが、会議体を設けている組織が大半でしょう。会議体では各指標の背景を相互理解し、組織における最適解を探さなくてはなりません。各指標の管理上、相反する可能性もあります。例えば、現在欠員により職員に負荷がかかっている状況ではあるが、稼働も低迷している場合であれば、一時的にでも稼働を維持、向上することが財務上必須です。そのため職員の負荷を即軽減することができないかもしれません。あるいは、重要インシデントが重なった場合には、新規受け入れを中止してでも内部体制の見直しを行う必要があるかもしれません。この場合には財務状況の一時的悪化もやむを得ないでしょう。
このようにその時々で重要視する指標が変化し、組織のなかの最適解を重ねていくことが、健全な組織運営にとって重要となります。いずれの場合も重要なことは相互理解の態度です。自身の立場からだけではなく、異なる視点からの指標報告に関心を寄せることで組織の一体感が生まれ、バランスのとれた経営判断につながっていきます。
※ この記事は月刊誌「WAM」2025年09月号に掲載された記事を一部編集したものです。
月刊誌「WAM」最新号の購読をご希望の方は次のいずれかのリンクからお申込みください。